訪問者③
「夢属性の……魔法少女……?」
夢属性。
その言葉を聞いて、顔が強張るのを感じた。
焼き肉屋で麻子とした会話の中で、一度だけ口に出したふざけた属性。
あれは、ただの冗談だ。
そんな属性の魔法が実在するなんて、微塵も思っていない。
でも、まさか……本当に?
本当に、そんなものが存在するっていうの?
「ご存じのとおり……今、この近辺に住んでいる人間だけが、揃って同じような悪夢を見るという現象が発生しています」
「そ……そうみたいね」
ご存じのとおりって……さっき知ったばかりなんだけど。
いつの間にか、一般常識になっていたらしい。
華奏から聞いておいてよかった。
「わたくしの考えが正しければ、これは魔王の影響です」
「魔王の……?」
「闇の魔王は、ほんの僅かな魔力でも人間に影響を及ぼします。もし、魔王の力を取り込んでいる女神が夢魔法に囚われているとすれば……すべてが繋がる」
「……どういうことよ?」
「夢魔法は、夢の世界を作り出し、他人の夢に関与することを可能とする魔法……そんな世界に闇の魔王が紛れ込めば、確実に人間が見る夢に影響が出ます」
「夢の世界に……女神が? え? ちょっと待って、話が突拍子すぎて……何がどうなってそうなってんの? 全然意味わかんないんだけど」
「そんなのわたくしが知りたいぐらいです。どうしてこうなったのか、まるで理解できない。だからここに来たのです。貴女とあの闇の魔法少女は、女神が消えた場に居合わせた……何か、知っていることがあるのではないのですか?」
「…………」
知っていることなんて……何も無い。
モストが言ったことも、全部初耳だ。
アストラルホールで、女神と闘ったときのことを思い出す。
あのとき、女神は麻子の闇魔法で姿を消した。
魔王の力を取り込んだ女神を、だ。
だから、麻子に願いを叶える魔力が宿った……そう思っている。
でも、確かに麻子自身も、女神が消えた状況をよくわかってはいなかった。
それは、あの場にいたわたしやモアも同じ。
だからあのとき、何が起こったのかを正確に知る者は誰もいない……そのはずだ。
「……知らないわよ、夢魔法なんて……あんたこそ、心当たりすらないわけ?」
「それがあれば苦労しません。むしろ……貴女たちではないのですか? 夢属性の、魔法少女は」
「はあ? んなわけ……」
『でも、わたしは予知夢なんて見てないしなぁ。……華蓮、夢属性でも持ってる?』
麻子の言葉が、頭をよぎる。
……いやいや。
あんなのは、ただの冗談。
わたしには、そんな自覚全くない。
女神を夢の世界でどうこうなんて……そんなこと、考えたことすらない。
「だ、大体……わたしは炎属性で、麻子は闇属性でしょ。ふたつの属性を併せ持つ魔法少女なんて、あり得るわけ?」
「あり得ません。……普通は」
「普通はって……」
「原則そうである……としか言えないのですよ。事実、女神は無属性の魔法によって複数の属性の魔法を操っていました。それに、闇属性の魔法少女なんてものが現れた時点で……わたくし共の常識は破綻しているのです」
常識が、破綻している……
女神の魔法も滅茶苦茶だったが、闇属性の魔法少女はそれ以上に人知を超えた存在だったということか。
モアも、過去に例が無いって言ってたし……
だったら、ふたつの属性を併せ持つ魔法少女だって……
いや、いやいや。
首を横に振り、声を絞り出す。
「……お生憎様。わたしは夢の魔法少女のことなんて……知らないわ」
「……そうですか。なら、仕方がない。貴女は夢属性の魔法少女を見つけて、その正体をつきとめてください」
「……は? なんて?」
「夢属性の魔法少女を見つけて、その正体をつきとめてください。そう言ったのですが」
「……なんでわたしが?」
「嫌、ですか?」
「嫌も何も……わたしがあんたに協力するわけないでしょ? わたし、あんたのことは大っ嫌い。身に覚えが無いとは言わせないわよ」
「おやおや。そうも直接的な言葉を使われると心が痛みます」
大袈裟な素振りで言うモスト。
本心では、全くそんなこと思っていないのだろう。
「ですが、最初に言ったはずですよ。貴女も、この話は聞いておいた方がいいと」
「……?」
「最近……あの闇の魔法少女に、妙なことは起きていないですか?」
「……麻子に?」
麻子に……妙なこと?
覚えが無い。
何のことを言ってるの?
「あの者は、どうもここ最近魔力が落ちているようです。何か、思い当たる節があるのでは?」
魔力が……?
なにそれ。
そりゃ、最近は魔法なんて使ってないし……
使っていなければ、魔力が落ちることだって……
「……ぁ」
いや……ちょっと待って。
そういえば。
ある光景が、脳裏をよぎる。
この前の、白雪姫のイベント。
あのとき……
麻子の肩が、透けて見えたような……
「……どうしました?」
ぐっと言葉を飲み込んで、できるだけ平静を装ったまま口を開く。
「……だったら何? まさかそれも、夢の魔法少女が原因だって言いたいの?」
モストは答えず、肩をすくめただけだった。
「夢魔法は、最も不安定と言われている属性。何が起きるかわからない。夢は幻……存在そのものを幻のように消してしまう、そんな魔法があってもおかしくありませんね?」
「な……!?」
「ここは、ギブアンドテイクといきましょう。お互いに、夢属性の魔法少女を見つけ出すことには利がある。……御理解、いただけましたか?」
「…………」
「そう思いませんか?」
――バン
乾いた音が、部屋に響いた。
指鉄砲から放たれた炎の弾丸が、モストの頬を掠めたのである。
「……出て行って。悪いけど……信用できないのよね」
「……残念です。後悔することになっても、知りませんよ」
炎魔法が掠ったはずなのに、モストは笑みを崩さない。
その余裕に、尚更腹が立つ。
モストは帽子を取り、深々とお辞儀をすると……そのまま、消えてしまった。
「なんなの……もう」
わたしはベッドに座ると、がっくりと項垂れた。
しばらく、そのまま動けなかった。
……疲れた。
なんだったんだろう、今の話は。
相手はモストだ。
あいつの言うことを、まともに受け取るのは馬鹿げている。
だけど、ただの戯言とも思えない。
まるっきりのデタラメを言うために、わたしの前に現れたとは考えにくい。
(……そうだ……とにかく、麻子に連絡しないと……)
スマホを取り出した瞬間、着信音が鳴った。
びくっとし、画面に目を落とす。
――麻子だ。
あまりにもできすぎたタイミング。
これって、やっぱり……
「……も、もしもし」
「あ、華蓮。急なんだけど……今から出てこれる?」
「……どうしたの、急に」
(間違いない。やっぱり、麻子のところにもモストが……)
「それが急に予定変わってひとりになっちゃって! 今からご飯食べに行かない? 華蓮も、まだ食べてないでしょ?」
「……え? それだけ?」
「それだけって……どしたの華蓮? そんな深刻そうな声して」
「……あ、そ」
呑気な声に力が抜ける。
全く……人の気も知らないで……
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(なんて……嘘ですがね。夢魔法に、人を消滅させるなど……そんな魔法は存在しない。ですが、ああでも言っておけばあの娘も夢属性の魔法少女に意識が向くはず)
(あの者は、わたくしが知る限り最も魔力探知に優れている……夢属性の魔法少女に繋がる糸口は、少しでも拡げておいた方がいい。もし、女神が戻ってきたら……わたくしもアストラルホールも終わりだ。それだけは避けなければ)
(しかし……どういうわけか、闇の魔法少女の魔力が弱まってることは事実。これは、チャンスと見るべきでしょうか? それとも……)
(それに、樋本華蓮……本当に、あの娘は夢魔法とは関係ないのでしょうか……?)




