訪問者②
――カタン。
すぐ後ろで、何かが動く音がした。
ここはわたしの部屋。
わたし以外、誰もいない。
物音なんて、するはずがないのに……
「ひ……っ!?」
反射的に、飛び退くように振り返る。
視界の端で、微かに動いた影。
その姿を見たわたしは、一瞬安堵した。
(な、なんだ……モア……?)
白くて丸々としたぬいぐるみのような、そのフォルム……
モアなら、鍵のかかった部屋にだって入ってこれる。
しかし、ほっとしたのも束の間。
すぐに息を呑んだ。
モアじゃ――ない。
見た目はそっくりだけど、違う。
覚えのある、この嫌な感じ。
こいつは……
「……!? まさか……モスト!?」
「久しいですね……華蓮殿」
姿かたちはモアによく似ているが、口髭を蓄えたその姿……間違いない。
わたしは一度、こいつに苦しめられている。
地の魔法によって、真夏の部屋で動けなくされたという経験が。
あんなひどい仕打ちを受けて、忘れるはずもない。
「随分好き放題暴れてくれたようで……女神の件、存じ上げていますよ」
低く、圧のある渋い声。
嫌な記憶が蘇り、すぐに炎を灯した指鉄砲を向けた。
「は、はあ? それはそもそもあんたたちが……いや、てか、今更何しに来たのよ!?」
「今更何しに……ですか。全く……貴女たちも女神も、思いどおりに動かない……本当に困ったものです」
「……? な、何言って……」
……ん?
こいつ今……女神って言った?
女神様、じゃなくて?
――そうだ。
忘れかけていたけど、思い出した。
モストって……ミラージュ事件が終わったあとも、わたしたちの前に一度姿を見せたんだった。
あれは、半年以上前。
突然現れて何かを言いかけたと思ったら、鏡の魔力と共にすぐに消えてしまった。
あのときは、鏡の魔力に怯えてそれどころじゃなかったけれど……
今ならあのとき、どんなことが起きたのか想像できる。
京香から鏡魔法を奪った女神が、鏡の世界にモストを引き込んだ――そういうことだろう。
でも、それって……
「あんた……ほんとに何しに来たの? 女神のことを封印したわたしたちに、復讐しに来たんじゃないの?」
「まさか。わたくしは、話をしに来たのですよ」
「いやいや……意味わかんない。出てって。あんたの話なんて、聞きたくない」
「貴女の気持ちなど聞いていません。それに……今から話す内容は、貴女も聞いておいた方がいい」
「は……?」
モストはひらりと翻ると、勝手に机に座り語り始めた。
「順を追って話しましょう。まず……貴女たちに女神の企みを告げに赴いたあの日、わたくしは女神の手によって鏡の世界に幽閉されました」
「それは……なんとなくわかってるけど」
「わたくしがこちらの世界に戻ってきたときには、すべてが終わっていました。状況を把握するのに、時間がかかりましたよ」
「……なんで? 女神とあんたは、仲間でしょ?」
「そのはずでしたよ。ですが……あの方はわたくしを裏切った。力不足だと、掃き捨てるように……」
モストの口調が、徐々に荒くなっていく。
「あの方に! 仕えていれば! いずれはこのわたくしがアストラルホールを牛耳っていたというのに……!」
「……あんた……そのために女神の傍に? ……そんな下心を、女神は見透かしていたんじゃないの?」
一瞬、モストが押し黙る。
……図星、だろうか。
しかしすぐに息を吐くと、モストは再び口を開いた。
「……そもそも、アストラルホールが消滅してしまっては元も子もありません。ですから、わたくしは女神の暴挙を何としても止めたかった。そのために貴女たちの力を利用しようとしましたが……その結果がこれです」
利用って……いちいち癇に障る言い方をするやつだ。
やっぱり、こいつのことは何があっても好きになれそうにない。
「今は女神がいなくなり、玉座は空席。わたくしにとっては、都合の良い話です。女神はもう、わたくしを用済みと考えている……そんな女神は、いない方がいいですから」
「…………最っ低」
「ですが、そうも言っていられなくなりました。女神の手掛かりが、出てきたせいで」
「女神の……手掛かり?」
「そう。ですから、わたくしはここに来たのです。貴女は『夢属性の魔法少女』について、何か知っているのではないかと思いましてね」




