訪問者①
白雪姫のイベントから、数日後。
あれから特に変わったことはなく、わたしは相変わらずの大学生活を送っていた。
今日は特に予定も無く、朝からずっと家にいる状況。
パソコンの前で椅子に座ったまま、妹の華奏と電話していた。
『……うん、今日届いた! ありがとうお姉ちゃん!』
「そ、よかった」
イベントで買った、白雪姫モデルのワイヤレスイヤホン。
宅配で華奏の元に送ったのだが、無事に届いたらしい。
『これほんとに可愛い! 今は飾ってる!』
「いやせっかく買ったんだから使いなさいよ。わたしも同じの使ってるし」
『うん! 芽衣ちゃんと麻子さんも買ったんだよね?』
「え? なんで知ってるの?」
『芽衣ちゃんから聞いた。この前、イベントのお土産届けに来てくれたの』
「芽衣が? 届けに?」
『うん、アクリルスタンドとか貰っちゃった』
それじゃ、あのとき芽衣がたくさん買っていたのは華奏にプレゼントするためでもあったのか……
どおりで、あんなにたくさん買っていたわけだ。
「……変な本とか貰ってない?」
『なに、変な本って?』
「いや、なんでもないわ。芽衣にもお礼言っとくのよ」
『もちろん言ったよ。いいなー、わたしも行きたかったなー……』
「あ、あー……そうね。また機会があればね」
『絶対ね!』
う、うーん……どうだろう。
あの手の同人イベントには、あんまり連れて行きたくない。
華奏、ああいうところで売られている本に耐性あるんだろうか……
TОKYОビッグフェスみたいな、大型の公式イベントならわたしも安心なんだけど。
「あ……そうだ。全然関係ないこと訊くんだけど」
『? なに?』
「華奏は最近、変な夢見ない?」
『変な夢? どしたの急に……あ、この前ユキさんとメイルちゃんが喋ってたから?』
「う、うん。まあ、そんなとこ」
『わたしはないなあ……でも、そっちでは話題になってるみたいだね』
「そっちって?」
『同じような夢を見てる人は、実際多いみたい。ただ、それが東京にいる人に集中してるって話』
「……そうなの?」
『知らないの? 学校で話題になってない?』
「……なってない」
というか、大学で人と話すことがほとんど無い。
だから話題になっていたとしても、知りようがない。
でも……どうして東京に?
それに、だとしたらどうしてわたしは全然違う夢を……
『……お姉ちゃん? おーい! 聞いてる!?』
「あ、ごめん。聞いてなかった」
『もー……あ、もしかしてまだ体調悪い?』
「いや、考え事してただけ。気にしないで」
『それならいいけど……また無理して倒れたりしないでよ?』
「もう二度とあんなバイトしないから大丈夫よ」
『お姉ちゃん押しに弱いからなあ……あ、もうすぐメイルちゃんの配信時間! お姉ちゃんも見るよね?』
「あ、あー……そうね。それじゃ、また。華奏こそ、無理するんじゃないわよ」
『うん! お土産、ありがとう!』
別にわたしは、メイルの配信を欠かさず見ているわけではないのだが……曖昧な返事をしたまま、電話を切った。
華奏は、メイルの配信ちゃんと見たいだろうし。
(にしても……わたしの見てる夢って、ほんとなんなのって感じね)
考えても、何かできるわけでもない。
夢の中の話なんて、本当に手の出しようがない。
完全にお手上げだ。
(別に害があるわけでもないのよね……ま、やることもないし……わたしもメイルの配信でも流すか……)
パソコンでメイルの配信をつけると、買ったイヤホンをつけ、ベッドに倒れ込んだ。
穏やかなBGMと一緒に、メイルの声が聞こえてくる。
『こんめる~! 今日は、このゲームでキッズをぼこぼこにしていこうと思うのです』
……なんてこと言ってるんだ芽衣のやつ。
というか、お前もキッズみたいなものだろう。
『お、なかなかやりますね……ん? え? そういうことするんですか? はああああ!? おるぁ! 〇ね! 〇ねええええ!』
放送禁止レベルの用語を惜しげもなく放ちながら、大暴れするメイル。
……本当にメイルが個人勢でよかった。
企業勢でこんなこと言ってたら、コンプラ的にアウトすぎる。
それにしても、最近のメイルは絶好調だ。
高校生になってからは配信頻度も増え、視聴者数もうなぎ上り。
この調子なら、チャンネル登録者数が十万人を超えるのも時間の問題……
(……ん?)
起き上がり、イヤホンを外す。
さっきまで耳元で聞こえていたメイルの声が途切れ、部屋を沈黙が包む。
急な静けさに少しの気味悪さを感じながら、身体を起こした。
(……気のせい?)
ゆっくりと部屋を見渡す。
いつもと変わらない光景。
でも、心臓の鼓動が早くなっているのを感じた。
今……誰かに見られていたような……
「……誰か……いるの?」
一人暮らしの部屋に、誰かの気配を感じる。
初めて感じる恐怖に、鳥肌が立つ。
声も震えていた。
「…………」
人差し指の先に炎の魔力を込めながら、トイレやお風呂場の扉を恐る恐る開けて確認する。
……誰もいない。
いや、いるはずがない。
ちゃんと鍵はかけていたし……もし部屋の中に誰かいたら、そんなの怖いどころの話ではない。
「き……気のせいよね」
そう呟いた瞬間。
すぐ後ろで、何かが動く音がした。




