夢の中の声
……静かだ。
靄がかかったように視界が悪い。
妙なところに立っているのに、何故だか気持ちは落ち着いている。
うん……そうだ。
直感でわかる。
これ……夢だ。
夢の中で、これは夢だと自覚するのは難しい。
けれどどうしてか、今ははっきりとわかる。
わたしは今、夢を見ている。
『……もう、ここに来てはだめ』
……誰だろう。
誰かの声がする。
『この世界……は……もうすぐ無くなる』
……?
なに?
声が途切れて、聞こえづらい。
けれど、何かを言っていることはわかる。
『あなたには辛い思いさせちゃうけれど……ごめんね』
……何を言ってるの?
わたしに向かって言ってるの?
だとしたら……どうして謝るの?
(でも、この声……麻子の声に聞こえる……ような……)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「華蓮……華蓮ってば!」
…………ん?
すぐそばで、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえる。
あれ?
わたし、何してたんだっけ。
それに、この声って……
「……う……麻子?」
「よかった……! 大丈夫!?」
目を覚まし、辺りを見回す。
……自分の部屋じゃない。
そうだった。
わたし、バイトに来てたんだった。
それで、着ぐるみ姿で会場に出て……
終わって、ここに戻ってきて……
……ああ。
ようやく、自分がどうしてこんなところに倒れているのか思い出した。
「……何分寝てた?」
「えっと……2、3分ってとこ」
「なんだ、それだけ……?」
「とにかく水! 水飲んで」
麻子から、強引に水の入ったボトルを渡される。
いつの間にか、着ぐるみも脱がされていた。
ゴンザレス三世の残骸が、無残にも部屋の隅に転がっている。
「華蓮、急に倒れるんだもの。安物の着ぐるみ着るのは自殺行為ね……」
麻子が、タオルと氷水の入った袋を持ってきてくれた。
着ぐるみのまま一時間ほど過ごしたわたしは、バテでダウンしてしまったらしい。
早起きして睡眠時間が短かったこともあり、身体が疲れていたのかもしれない。
「麻子……ずっとここにいたの?」
「いたよ、当たり前でしょ」
「だからか……どおりで夢にまで麻子の声が……」
「え……華蓮、それって……」
「……なに?」
「絶対わたしのこと好きじゃん」
「……あのねえ……」
「冗談は置いといて。ほんとに大丈夫? 気分、悪くない?」
「平気。ちょっと寝落ちしただけって感じよ」
麻子から貰った水を飲もうと、上を向いた瞬間。
目に溜まった涙が溢れ、頬を伝った。
「あ、あれ? 華蓮、泣いてる……?」
「え……あ」
しまった。
まただ。
いつものことで、油断していた。
「な、なんでだろ。わかんない」
麻子から受け取ったタオルで、ごしごしと顔を拭く。
「……ほんとに大丈夫? タクシー呼ぼうか?」
「だ、大丈夫。全然平気。麻子はまだやることあるんでしょ。わたしはひとりで大丈夫だから」
泣いた顔を見られるのが恥ずかしくて、つい早口になってしまう。
もう、なんでこんなときまで……
ほんの短い時間だったのに、また変な夢を見てしまった。
内容は覚えていないけれど、いつもより声がはっきり聞こえた気がする。
眠りが浅かったせいだろうか?
でも、よりによって麻子の声で再生されるなんて……
気持ちを振り払うように水を一気に飲み干し、空になったボトルを麻子に突き返した。
「げほ! げほ……! と……とにかく大丈夫。水、ありがと」
「まー華蓮がそう言うなら……でも、無理しちゃだめだからね?」
「わかってる。ここは涼しいし……少し休んでるわ」
「そだね。あ、それと……ひとりにはならないから、安心していいよ」
「え?」
「もうすぐ来るって。芽衣ちゃんが」
「……芽衣が?」




