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魔法少女は闇が深い  作者: アリス
魔法少女は闇が深い ~おわりの魔法少女編~
171/201

樋本華蓮は丸くなる

『……ここ……だめ……』

『この……は……無くなる』

『あなたには……けど……』

『……ごめんね』



「待っ……ん……」


 ぼんやりと、視界が揺らぐ。

 カーテンの隙間から、ほんの微かに朝日が差し込んでいる。

 眠りから覚めたことを認識し、少しずつ意識がはっきりしてきた。

 ……まただ。

 また、この感覚。

 何か夢を見ていたような気がするのに、その内容が思い出せない。

 ゆっくり瞬きをすると、涙が頬を伝っていった。


「……ふぁ……」


 起き上がる気にもならず、ごろりと寝返りをうち、イルカの抱き枕を抱きかかえる。

 すっきりとしない朝だが、この感覚にはもう慣れた。

 別に体調が悪いとか、気分が悪いとか、そういうわけじゃない。

 柔らかいイルカを抱きしめているうちに、気持ちが落ち着いてきた。


「うぅう……」


 うつ伏せになり、視線だけを横に向ける。

 時計の短針が指しているのは、5と6の間。

 起きるには早すぎる時間。

 普段なら至福の二度寝をきめるところだが、今日はそうじゃなかった。

 今日は、麻子に頼まれたバイトの日……つまり、VTuber『白金ユキ』のイベントの日である。

 わたしの出番は午後からということだから、まだまだ時間に余裕はある。

 しかし、バイトのことを考えると二度寝する気にはならなかった。

 いざ当日になってみると、緊張して行きたくなくなるものである。

 たっぷり一時間ほどうつ伏せのまま瞑想していたわたしは、ようやく覚悟を決めると、ゆっくりと立ち上がった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 それから数時間後。

 麻子は朝早くから仕事があったため、わたしはひとりでイベント会場に移動した。

 場所は事前に教えてもらっていたから、迷わず到着出来て一安心。

 それでも、会場に入るときは緊張した。

 ほとんど白雪姫のオンリーイベントなのに、想像以上に規模が大きい。

 会場は広く、ステージにはイベントの様子を映し出す大きなスクリーンまである。

 ステージの周りには既に白雪姫のコスプレをしている人が何人もいて、ついつい視線が引き寄せられてしまう。

 遠くから見ても、完成度の高さが見て取れる。

 しかし、のんびり見て回る時間は無い。

 会場にいたスタッフから軽い説明を受けたあと、わたしは控室に案内された。

 ここで、出番を待ちつつ準備をするというわけだ。

 控室で用意されたゴンザレス三世の着ぐるみに身を包み、鏡の前に立ったわたしは、思わず声を漏らした。


「……やっぱり断るべきだったか……?」


 丸い。

 思った以上に丸い。

 麻子が手を振ったりするだけって言ってたのはこういうことか……

 そもそも、手を振ることしかできない。

 この短足じゃ、歩くこともままならない。

 華麗にダンスをする着ぐるみを見たことがあるが、この着ぐるみじゃそんな動きは不可能だ。

 これ、どんだけ低予算で作ったのよ……

 麻子が、出番の前には合流するって言ってたけど……この格好を、麻子に見られるのは正直恥ずかしい。


「いやー助かりました! これに入れる身長の子がいなくて……!」

「は、はあ……」


 わたしよりも頭一つ以上大きいスタッフに言われて、口端がひくつく。

 だったらもう少し大きく作っておきなさいよと言いたい気持ちをぐっと堪えて、愛想笑いでごまかしておいた。


「出番までもう少し時間があります! このままこちらでお待ちになってください」


 そう言うと、スタッフは忙しそうにその場を去って行った。


「……行っちゃった」


 頭だけは外した状態だが、着ぐるみ状態のまま待機することになってしまった。

 この格好じゃ、動き回ることもできない。

 椅子に座ってじっとしているだけだ。

 短い手足で、転んだら二度と起き上がれなくなりそうな着ぐるみだけど……これ、大丈夫?

 ちゃんと付き添いの人、いるのよね?

 不安になってきた。

 麻子も姿を見せないし、一体どうなって……


「あ、華蓮! お疲れ!」

「うげ……麻子」


 計ったようなタイミングで、麻子が控室に入ってきた。

 スタッフパスを提げた首筋には、汗が浮かんでいる。

 朝からずっと働いていたのだろう。


「かわいー! 華蓮似合ってる!」

「1ミリも嬉しくない賛辞どうも」

「え、いや本気で褒めてるのよ? 華蓮みたいなちっちゃい子がそれ着てるのがかわいい!」

「……それで褒めてるつもり?」

「褒めてる褒めてる」


 そう言いながら、麻子はにやついた顔でべたべたと着ぐるみを触ってきた。

 くっ……好き放題触りやがってえ……

 この姿じゃまともに抵抗することもできない。


「もうちょっとしたら、メイルたんと白雪姫のコラボ始まるから。華蓮はそのとき出てきて、手振ってあげてね」

「それはわかったけど……これ、想像の100倍は動きにくい。先導してくれる人とかいるわけ?」

「いるも何も。先導するの、わたしだけど」

「え、あ……なら任せるわ」

「あ、ちょっと待って。羽衣姉から電話だ。もしもーし」


 白雪さんから電話……打ち合わせだろうか。

 思った以上に、麻子はスタッフとしての仕事があるらしい。


「……うん、うん。おっけ、それじゃ」

「白雪さん、なんて?」

「予定どおり、あと十分ほどで始めるって。華蓮の出番は、二十分後ぐらいかな」

「そ……もーあとは麻子に付いて行くだけだから。ちゃんとエスコートしてよね」

「おっけおっけ!」

「全く、返事軽いんだから……」


 着ぐるみの丸いお腹を撫でて、感触を確かめる。

 にしても……暑い、これ。

 もうちょっと通気性とか考えなさいよ。

 控室は涼しいものの、会場ではそうはいかないだろう。


(思ったより体力仕事になりそう……これ……)

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― 新着の感想 ―
[良い点] まず麻子・・いつからスタッフ側になったんだ・・ 麻子にべたべたされて真面に抵抗できない華蓮概念・・最高です( [気になる点] 華蓮の夢が徐々に現実味を帯びてくるわけでもなく、特段変化の兆…
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