焼肉屋での雑談
「せめて奢らせてもらうわ」
「……ん」
わたしと麻子は、ふたりで焼肉屋に来ていた。
女ふたりで来ている客は珍しいが、個室で食べることができるこのお店はお気に入り。
人が多いところは苦手だし、落ち着かない。
「……華蓮、もしかして怒ってる?」
「いや、怒ってはないけど。芽衣と白雪さんが絡んでることだし……ま、仕方ないわね」
「んん! 華蓮いい子!」
麻子が、焼いた牛タンをわたしの皿に乗せていく。
「いい子! じゃないわよ。全く……調子いいんだから」
やれやれ感を出しながら、お皿に乗せられたお肉を口に放り込む。
……うん、美味しい。
絶妙な焼き加減。
「にしても、こんなイベントあるんなら華奏も誘っておけばよかったかな」
「あ、そっか。華奏ちゃん、羽衣姉のこと好きなんだっけ?」
「白雪姫のことが、ね」
「細かいなあ。一緒じゃん」
「全然違うわよ。大事なところだから」
妹の華奏は、わたしと違ってVTuberに詳しい。
特に白金ユキのことはお気に入りのようで、たまに聞いてもいないのに感想が送られてくるほどだ。
「華奏ちゃん、去年一緒に行ったイベントで羽衣姉……白雪姫のこと話してたもんね。久しぶりに会いたいなー」
「……今からでも言ったら来るかな? さすがに急すぎるか」
「んー……今回はやめたほうがいいかも」
「? なんで?」
「このイベント、18禁の本とか多いし」
「……げ」
「もちろん全部がそうじゃないけど。華奏ちゃんには……ね」
「……あー……そう、ね」
華奏も今や高校生、子どもじゃない。
けれど、無垢な妹をそういうものが集まるイベントに連れて行くのは気が引ける。
芽衣なら何とも思わないのだが……なんでだろう。
同い年のはずなんだけど。
「てか……もしかして、客層っておじさんばっかりだったりする? だとしたら嫌なんだけど」
「否定はしない。でも、若い人や女性のお客さんも多いらしいよ? それに、華蓮には変なのが近付かないようにするって」
「ほんとでしょうね? 変な奴が近付いてきたら、着ぐるみ放り出してでも逃げるわよ」
「いざとなったら闇魔法使うわ」
「それはやめときなさいって」
けらけらと笑いながら、お肉を食べ、ジンジャーエールで流し込む。
これが最高に美味しい食べ方である。
「ま、華奏には何かお土産でも買っていくことにするわ」
「そだね。華蓮は羽衣姉の配信、見てないの?」
「んー覗いたことはあるけど……それぐらい」
「えーそうなんだ……見てあげてよ。羽衣姉のASMR、超おすすめだよ?」
「はいはい。気が向いたらね」
「絶対見ないやつじゃん。もー……あれ聞くと熟睡できるって評判なのに」
「熟睡……ねえ」
正直、あまり興味が無い。
白雪さんのことはよく知らないからなあ……
それに、ASMRで熟睡できるというのもよくわからない。
寝るときにそんな音聞こえたら、気になっちゃうと思うんだけど。
何か夢に出てきそう。
ただでさえ、最近は変な夢を見ている気がするのに……
「……話変わるけど……麻子、最近夢ってよく見る?」
「何急に? 夢?」
「うん、夢」
「特に……そんなことないけど」
「悪い夢とか、見ない?」
「全然。最近は夢って全然見ないなあ……疲れてるのかも」
「……そう」
「あ、でも前に女神と闘ったときに……あれ? この話、華蓮にしたっけ?」
「何の話?」
「羽衣姉と芽衣ちゃんが魔力を奪われたあと、なんか途中で気を失ったような気がして……そのとき、何か夢を見ていたような……」
麻子が記憶を辿るように、目を閉じて考え込む。
「……やっぱなんでもない。正直、よく覚えてないんだよね」
「はあ? 何よそれ」
「いや本当に話せることがなくて……そういえば、あのときも予知夢がどうとか話したっけ。なに? 華蓮、また変な夢でも見てるの?」
「……そんな感じ」
「ふーん……普通なら、偶然偶然って言うんだけど。魔法少女だし、気にもなるか」
「そう、そうなのよ」
「でも、わたしは予知夢なんて見てないしなぁ。……華蓮、夢属性でも持ってる?」
「なによ夢属性って。勝手にありもしない新しい属性つけないで」
……はあ。
何の参考にもならなかった。
わかったのは、麻子は変な夢に悩んだりしていないってことだけ。
(夢属性……何それ、馬鹿馬鹿しい)
焼きすぎて焦げたカルビを口に運ぶ。
少し苦い味が、口の中に拡がった。
夢属性……そんな魔法、無いよね?




