樋本華蓮は断れない
「イベントぉ?」
「そ。今度、こんなイベントがあるのよ」
そう言うと、麻子は自分のスマホをわたしの手に握らせた。
「ぇ……これって……」
見覚えのある、綺麗な女性のイラスト……これ、あれだ。
VTuberの、『白金ユキ』だ。
白雪姫と呼ばれる彼女は、有名な人気配信者で、中の人は『白雪羽衣』。
麻子の従姉で、女神との闘いに加勢してくれた氷の魔法少女である。
わたしはあまり直接話したことがないけれど……彼女は、超がつくほどの暑がりで、引きこもり。
そのせいか、本人は表立ったイベントには出てこない。
どうやらこれは、白雪姫をメインとした、同人イベントのようなものらしい。
イベントを告知するホームページには、様々な絵柄の白雪姫や、参加者のコスプレ写真が掲載されていた。
「へー……こんなのあるんだ。さすが、人気者ね白雪姫は。んで? これがどうしたのよ?」
「このイベントで、着ぐるみに入ってくれる人を探してるのよ。元々予定していた人が、急に体調悪くしちゃったんだって」
「ふーん……え? それでわたし? なんで?」
「だって華蓮、ちっちゃいし」
「は? あ、あんたね……」
ちっちゃくて悪かったわね。
これでも芽衣よりはでかい。
身長、抜かれることはない……はず。
わたしは高校生で一ミリも伸びなかったし、芽衣もきっとあのままだろう。
……頼むから抜かないで欲しい。
「あのね……わたしだって暇じゃないのよ?」
「えー? 華蓮なら快く引き受けてくれると思ったのに……」
「だったらもっと頼み方ってものがあるでしょうよ。てか、なんで麻子もそんなのに行くわけ? 白雪さん本人が来るわけでもあるまいし」
「いや、それが……事情があるのよ」
そう言うと、麻子がスマホの画面をスライドする。
イベントスケジュールの中に、見覚えのある名前があった。
「『白金ユキ』と……『メイル』の対談コラボぉ!?」
「そうなの。このイベント、羽衣姉と芽衣ちゃんが特別にゲスト参加するのよ」
「いやいや何やってんの!? これ大丈夫!?」
「大丈夫って?」
「芽衣よ! あいつ、大勢の前でトークできるような子じゃないでしょうが。それに、このふたりじゃ知名度が全然違うっていうか……言い方悪いけど、不釣り合いっていうか……」
白雪姫は、大手事務所に所属する超有名VTuber。
片やメイルは、個人勢で、ニッチな人気を集めるVTuber。
チャンネル登録者数だけで比べれば、二十倍以上の差があったはずだ。
「大丈夫大丈夫。ふたりが友人だってことは、ファンの間では有名な話なんだよ」
「え、そうなの? いつの間にそんなことに……」
「あのふたり、最近SNSで絡んでるからね。あらゆるところが正反対のふたりの絡みが、てぇてぇと話題みたい」
「は、はあ……そんな需要があるのね……」
正反対のふたり……確かにそう見えるか。
配信上では、白雪姫は清楚で大人な癒し系お姉さん。
メイルは敬語キャラだが、毒を吐きながら台パンするクソガキ。
方向性が違うふたりの絡みがてぇてぇと……うーん。
やっぱりよくわからない。なんだそれ。
「……いやいや、それでも芽衣はリアルイベントでトークなんてできないでしょ。というか、白雪さんだってそうなんじゃ……」
あの人見知りのふたりが、見物客の前で愉快な対談を繰り広げるイメージが全く湧かない。
絶対地獄みたいな空気になる。
「それも大丈夫。だって、ふたりとも会場には来ないし」
「へ? どゆこと?」
「オンラインよオンライン。中の人が現地に来る必要ないでしょ。VTuberなんだから」
「……それって普段の配信と何が違うの?」
「……さあ?」
……沈黙。
リアルイベントとは……
「……やっぱり行く意味ないでしょ」
「待って! お願い! 羽衣姉に頼まれて、わたし会場スタッフ引き受けちゃってるの!」
「ええー……?」
「バイト代は、結構良いみたいだから!」
「ええええ~~~……」
正直めんどくさい。
そもそもわたし、バイトってしたことないし。
でも、確かにお金もないし……いつかはバイトというものをしないといけないだろう。
そう考えると、今のうちに麻子がいるところで経験を積んでおくのは悪くない。
「華蓮は着ぐるみに入って手を振ったりするだけだから! 喋る必要一切なし! おまけに、実働時間は一時間も無いぐらい!」
む。むむ。
そう聞くと、魅力的なバイトにも聞こえてくる。
わたしには向いているかもしれない。
「ん~~~……でもねえ……」
「華蓮、鏡の洋館で助けてあげたじゃんかあ」
「いやそれはお互い様でしょうが。この前神樹で助けてあげたばっかでしょ」
はあ、とため息をついてから口を開く。
「全く……ま、まあ? 麻子がそこまで言うなら……ん?」
わたしの手に握られたままだった、麻子のスマホが震えた。
画面に表示された通知表示が目に入る。
「……芽衣からじゃん」
「え、芽衣ちゃんから? なんて?」
「えーっと……」
『華蓮さんがゴンザレスやってくれたら嬉しいです。当日はよろしくお願いします』
……ん? なにこれ?
意味がわからない。
何で麻子宛てのメッセージでわたしの名前が出てくるの?
ゴンザレスやってくれるって、なに?
「あ、ほらほら! 芽衣ちゃんもこう言ってるじゃん!」
「……え? ちょっと待って。一応訊くけど麻子……着ぐるみって、何?」
「あ、言ってなかったっけ……これこれ。ゴンザレス三世。芽衣ちゃん……じゃない、メイルたんのお供キャラクター」
「……メイルの……」
魔獣によく似た、ゆるかわなキャラクター。
確かに、見たことがある。
最近メイルの配信に実装された新モデル……頭の上に、こんなの乗ってた。
芽衣が連れているあの魔獣、ゴンザレス二世のまがいもの。
配信で見たときは、ただの飾りだと思っていたのだが……
「……そっち? 白雪姫の何かじゃなくて、そっちなわけ? いや、そもそも何で芽衣からこんな連絡くるのよ?」
「だって芽衣ちゃんとも話したもん。当日はゴンザレス三世無理かもって話したら、がっかりしてたなあ」
「…………」
……ダメだ。
これはもう、退路がない。
やってくれたら嬉しいって書いてある。
断ったら……芽衣は一体何をやらかすか……
「……やるわよ……やればいいんでしょ」




