黒瀬麻子は前を向く
「お、驚かせないでよ芽衣ちゃん……」
あーびっくりした……過去一の悲鳴上げたかもしれない。
まだ心臓がバクバクしている。
華蓮なんて、驚きすぎたのだろうかテーブルに項垂れたままだ。
……あれ? これ生きてる? おーい。
「だって……驚かせようと思って来たんですよ?」
長い前髪で表情が見えづらいが、芽衣の口元が笑うのが見えた。
……芽衣の制服姿……初めて見た。
清楚なロングスカートが可愛い。
これはぎゅってしたくなる。
手が出そうになる衝動を何とか抑え、口を開いた。
「えっと……芽衣ちゃん、その様子だと……?」
「あ……それが……」
俯く芽衣。
……ん?
あ、あれ?
この反応って……もしかして。
俯いたまま、流れる沈黙。
この地獄のような空気……まさか……ほんとに……
「……合格しました」
「…………え?」
「だから、『合格』しました」
「……もー! 芽衣ちゃん! もー!」
「えへ、えへへへ」
あーもう!
全く演技派なんだから!
この! 悪い子!
思わず勢いに任せて、小さな芽衣を抱きしめて頭を撫でまわした。
……楽しすぎる。
芽衣も全然嫌がらない。
頭を撫でられることよりも、褒められる嬉しさの方が勝っているようだ。
……これ、今なら何をしても許されるような気がする。
「はぁ、はぁ……芽衣、あんたねえ……来るなら来るって言っておきなさいよ……」
何とか復活を果たした華蓮が、肘をついたまま顔を上げた。
「あ、華蓮さん。だから、驚かせようと思って来たんですって」
「そういうサプライズは合格の報告だけで十分だっての。ま……とにかくおめでと。このわたしが教えた甲斐はあったようね」
「なんか癪に障る言い方ですが……ありがとうございます」
「ま、でも当然よね! わたしが勉強見てあげたんだから! 落ちるなんてあり得ないわね!」
「華蓮さん、さっきわたしの電話に出るの嫌がってましたよね?」
「……あんた、そこから聞いてたわけ……?」
逃げようとする華蓮。
……芽衣ちゃん、どこから聞いてたんだろう。
むしろ最初からいたような気がしてきた。
「芽衣ちゃん……今日はどうやってここまで来たの?」
「それはもちろん、ゴンザレス二世にお願いして」
「え。やっぱり、まだ一緒にいるんだ?」
「そうなんです。わたしはもう、魔法使えないんですけど……」
芽衣の中に、もう魔王の魔力は無い。
ということは、魔獣であるゴンザレス二世が、芽衣の傍についている理由もない。
それなのに、ゴンザレス二世は今でも芽衣の呼びかけに応じてくれているようだった。
よっぽど芽衣に懐いているのだろう。
こんな名前をつけられたのに……あ、いや。
それは言わない約束だった。
「普通に戻れたってことだよ、芽衣ちゃん。だから、その……ある意味、良かったとも言えるんじゃないかな」
「良くないです!」
「良くないわね!」
芽衣と華蓮が口を揃えて言った。
お、おお……このふたりがこんなに息が合っているのを初めて見た。
「風を自由に起こせるって便利だったんですよ。それなのに、使えなくなるなんて……」
「ほんとそれ。今更魔法が使えなくなるなんて、ごめんだわ」
「そうですそうです。風魔法が使えれば、高校で何かあってもわからせることができるのに……」
「そう……ね? ん?」
華蓮が何か言いたそうにこっちを見る。
うん……魔法少女のまま高校に行ってたら、学校を破壊していたかもしれないね……
「ま、まあまあ。芽衣ちゃん、せっかく来たんだから何か食べていきなよ」
「え、わたしもいいんですか?」
「もちろん。華蓮のおごり」
「は!? なんでわたし!?」
「ありがとうございます。それじゃ、この店で一番高いデザートを……」
「無いから! そんなお金無いから!」
華蓮が芽衣からメニューを取り上げる姿を見て、思わず笑ってしまう。
子どもがじゃれ合っているようで、なんとも微笑ましい光景だ。
……良かった。
浪人して、魔法少女になって、やばい戦いにも巻き込まれて……どうなるかと思ったが、わたしの願いは叶ったらしい。
来月からは、絶対に楽しい日々がやって来る。
普通の、大学生になれる。
ほんのちょっと、遠回りしただけ。
二年前の交通事故で止まってしまった刻が、ようやく動き出すということだ。
「……はいはい、ふたりとも奢ってあげるから。今日は、合格祝いね!」
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『ふー。よかった、とりあえずは解決だ……』
『予知夢で見たときは、もう避けられない未来だと思ったのに……』
『でも……『夢オチ』まで使って……もう、限界かな』
『……ごめんね』




