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魔法少女は闇が深い  作者: アリス
魔法少女は闇が深い ~女神編~
164/201

麻子と華蓮は、いつもの場所で

 女神との闘いから、数か月が経った。

 時は三月。

 雪の季節が終わり、暖かい風を感じる。

 穏やかな気候で、深呼吸すると気持ちがいい。

 日差しを浴びながら背伸びをすると、春が来たことを実感できる。

 そう……ようやく、待ち望んでいた「春」がやって来た。

 受験生にとって春が来たといえば、どういう意味かは明らかだ。


 カランコロン――


 何度も訪れた、いつものカフェの扉を開ける。

 ずっと前から変わらない、コーヒーのいい匂い。

 客の少ない、静かで落ち着いた空間。

 控えめに流れるジャズの音楽に耳を傾けながら、わたしは隅っこの席に向かった。


「……遅い!」


 腕を組んだまま、席に座っていた華蓮が声を上げた。

 制服姿の華蓮……久しぶりに見た。

 あまり見ないレアな姿に、いつもよりも可愛く見える。


「遅くないわよ。時間ぴったりじゃん」

「普通はもっと早く来るでしょ。今日がここに来る最後の日かもしれないのに。わたしなんて、三十分前には来てたわよ」

「あらま。そんなにわたしに会いたかった?」

「何わけのわからないこと言ってんのよ! いいから! 早く座って!」


 既に注文を済ませていた華蓮が、勢いよくジンジャーエールを啜った。


「……最後かもしれないのに、やっぱり飲むのはそれなのね」

「そりゃそうよ。むしろ最後かもしれないから、じゃない?」

「ふむ。それは言えてる」


 わたしも、いつものコーヒーを注文することにした。

 去年から通い続けているこのカフェで、やっぱりコーヒーは外せない。

 華蓮とここに来るのも、最後になるかもしれないのだから。

 最後になるかもしれない……なんて言うと大げさに聞こえるが、別に悲しい理由なんかじゃない。

 むしろ、めでたい理由。

 わたしも華蓮も、もうすぐこの町を引っ越して、東京の大学に進学するからだ。

 わたしの願いが叶ったのだろう、試験当日は雲一つない快晴。

 前日まで上空を覆っていた分厚い雲が突如消滅したとのことで、気象ニュースは大騒ぎになっていた。

 季節を何か月もすっ飛ばしたような天気に、わたしと華蓮は思わずやりすぎだと笑ってしまったものだ。


「……ね、麻子」

「ん? なに?」


 ストローから口を離した華蓮は、ぽつりと呟いた。


「結局……これで終わったってことでいいのよね?」

「……終わってはいない、かな。女神が今も封印されてることは、間違いなさそうだけど」

「ん」

「あっちの世界じゃ、すっかり『魔王』扱いよ。女神を消した、史上最悪の魔王……それがわたし」

「ああ……モアから聞いた。麻子は今や、アストラルホールいちの悪者だって」


 わたしも華蓮も、アストラルホールから戻って、受験を終えて、万事解決……とはならなかった。

 問題は、ヴィラだ。

 あの日……羽衣姉の家に戻ったわたしたちは、ヴィラと鉢合わせした。

 正直、存在を忘れかけていたあのメイド……彼女とは、またひと悶着あるかと思ったが、そうはならなかった。

 わたしたちの顔を見たヴィラが、血相を変えてすぐに去ったからだ。

 そりゃそう。

 女神と敵対していたわたしたちが戻って来るなんて、ヴィラにとっては想定外。

 女神の身に何かが起きたことを悟り、すぐにアストラルホールへ戻って行ったのだろう。

 そのヴィラが何を触れ回ったのか知らないが、ひと月もするとわたしたちの悪評はアストラルホール中に広まっていた。

 わたしたちを恨んでいるだろうから、また何かしてくるのではないか……そう思っていたが、今のところは何ともない。

 とはいえ、まだ安心はできないが。


「酷い話よね。わたしまで、『魔王』の手下扱いされてるみたいだし」

「それは間違ってないからいいんじゃない?」

「うそでしょ!? あんたわたしのこと手下だと思ってるわけ!?」

「うそうそ、冗談。そんなわけないでしょ」

「だったら真顔で言うんじゃないわよ……」


 テーブルに置かれたフライドポテトを摘まむと、それをわたしに向けながら言った。


「女神がどこに消えたのかは、今もわかってないでしょ?」

「そうね。モアが言ってたみたいに、あそこは元々魔王が封印されていた場所だから……元の状態に戻った、って思うようにしてるけど……」

「けど?」

「……ううん。何でもない」


 運ばれてきたコーヒーを一口飲み、ソファに深く腰掛けて息を吐いた。

 多分、実際にはそうじゃない。

 あのとき確かに、何かが起きたのだ。

 けれど、女神のことはもう考えてもどうしようもない。

 故に、考えない。

 受験前に、そう決めたのだ。

 だから、魔王扱いされることも、今は甘んじて受け入れている。


「あ、そういえば白雪さんは? 元気になった?」

「あ、うん。もうすっかり」

「そ、なら良かった。芽衣と同じってわけね」

「……うん、そうだね」


 芽衣と羽衣姉は、ほんの二、三日もすれば元気を取り戻した。

 あのふたりは、戻ってからもゴンザレス二世が匿ってくれていたらしい。

 そのお陰で、ふたりがヴィラに襲われることもなかった。

 再開したときは、ほっと安堵したものだが……失ったものも大きい。

 芽衣と羽衣姉の、魔力だ。

 女神によって奪われた魔力は、結局元には戻らなかった。

 しかし魔力を消失したせいか、魔法で無茶した反動がふたりとも殆ど無かった。

 わたしが去年魔力を使いすぎたときは、一週間目を覚まさなかったぐらいだから心配していたが……杞憂に終わった。

 それは幸いだったが、ふたりとも魔法少女ではなくなかった……そう考えると、悔しいような、やるせないような……複雑な気持ちになる。

 そんな話をしていると、机に置いていたわたしのスマホが震えた。


「あ。噂をすれば……芽衣ちゃんからだ」


 スマホを持ち上げ、華蓮と目を合わせて頷く。


「……いよいよね。やば、緊張してきた」


 実は今日、わたしたちが集まった理由はこれ。

 今日は、芽衣が受験した高校の合格発表日なのだ。

 わたしと華蓮が一生懸命勉強を教えたが、それでも合格できるかは五分五分といったところだろう。

 こんなことを言うのは芽衣に悪いけど、わたしと華蓮の受験よりも遥かに不安。

 もし、落ちていたら……そう考えると、お腹が痛い。


「……出るわよ」

「うん」

「……もしダメだったらどうしよう」

「今言う!? やめなさいよ縁起でもない!」

「……そのときは、華蓮も話す?」

「え……殺されそうだからやめとく」

「…………そ」


 やばい。

 ドキドキする。

 芽衣に、動揺を悟られてはいけない。

 平常心、平常心……

 ゆっくり深呼吸をすると、覚悟を決めてスマホの画面をタップした。


「……もしもし」

「……………………」

「……め、芽衣ちゃん?」

「……なんですぐに出ないんですか」

「え」

「もう四十五秒も経ってますけど」

「あ、いや今ちょっとスマホから離れてて。ごめんね芽衣ちゃん」

「嘘ですよね」

「……え?」

「だって……見てますもん」


 ……え?

 見てる?

 見てるって、どういうこと?

 ゆっくり、後ろを振り返る。

 ほんの、五メートルほど先。

 長い前髪の隙間から、こちらを見ている芽衣が立っていた。


「「――きゃああああああああ!!!」」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 遂に元祖3人組が同じ地域に集まるのか・・そう言えば羽衣姉・・?( あれ・・?芽衣さんヤンデレ化した・・? [気になる点] 封印はある意味一時しのぎ・・結局いずれ決着は付ける必要があるのか・…
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