女神は華蓮を退けたい
「ふたりの魔法少女……か。思い出すな、昔を」
ぽつりと、女神が呟いたのが聞こえた。
さっきまでの、怒気をはらんだ声とは違う。
むしろ寂しげな……いたたまれなくなるような声だった。
「……? 今、何て……」
「いや……ただの、独り言じゃよ」
女神の周りで、白く光る氷の結晶が浮遊し始める。
微かに首を横に振る女神の髪が、氷の結晶を纏って輝いて見えた。
(……綺麗)
その姿は、美しかった。
神々しくまたたく光に、本物の神様に見えたほどだ。
「さて……炎の魔法少女よ。汝には、退場してもらわねばな」
「退場? するわけないでしょ!」
「してもらわねば困る。どうも汝の影響は、厄介そうじゃからの」
女神の足元が、パキパキと耳障りな音を立てながら凍っていく。
……肌が、冷たい。
さすがは羽衣姉の氷魔法。
ほんの少し地面が凍っていくだけで、圧し潰されるような魔力を感じる。
あの氷がこの一帯を覆ったらアウトだ。
それまでに、何とかしないと……
「火祭りシリーズ……其の肆! 『キャンプファイヤー』!」
華蓮もわたしと同じことを思ったのだろう。
わたしが闇を拡げるのと同時に、巨大な炎が渦巻きながら華蓮の前に燃え上がった。
「愚かな……そんな魔法はこの氷に通用せんぞ」
「そう? わたしは……そうは思わない、け、どっ!」
華蓮が右腕を回し始めると、腕の動きに合わせるように炎もぐるぐると動き始めた。
わたしの闇魔法が華蓮の炎魔法と入り混じり、不吉な色へと変わっていく。
お祭りのクライマックスを飾るはずのキャンプファイヤーが、あっという間に禍々しい、黒い業火へと変わった。
「む……!?」
「黒い炎……! やば……これ、良い感じ!」
華蓮は悪そうな笑みを浮かべると、その巨大な黒炎を地面に叩きつけた。
「『黒炎・煉獄』っ!」
それっぽい技名を叫ぶ華蓮。
黒い炎が地面に広がり、女神の足元から拡がっていた白い氷を飲み込んでいく。
その光景は、さながら地獄の釜のようだった。
「……! ほお……さすがじゃな、闇の魔法少女」
「ふふん、ようやくわたしを認める気に……ん?」
「この氷をも呑み込む闇……理不尽極まりない魔法じゃ」
「ちょ、違うでしょ!? 今のはわたしが……!」
「黒瀬麻子……やはり汝じゃ。汝こそ、『おわりの魔法少女』……!」
「………えぇ…………」
華蓮が助けを求めるような顔でこっちを見た。
そんな顔で見ないでほしい。
わたしも同じ気持ちだ。
「不気味な奴……そうやって麻子ばっか見てると、足元すくわれ……」
――ひゅっ
風が空気を切り裂く音。
この音は……わたしも聞いたことがある。
強烈な突風により、華蓮の炎魔法が搔き消される。
あれは……芽衣が使っていた風魔法だ。
「……減らず口を。力の差を示さんと無駄のようじゃな」
「な……何する気……?」
「氷魔法……『氷壁』」
分厚くて巨大な氷壁が、女神を守るように取り囲んだ。
これも、羽衣姉がやって見せた魔法と同じ。
芽衣や羽衣姉が使っていた魔法を、今は女神が使っている。
その光景が、わたしにはショックだった。
「この氷壁すら突破できないようなら、できることは何もない。わかったら、諦めて去ることじゃ」
「……っ! なめんじゃないわよ!」
華蓮が炎の弾丸を氷壁に撃ち込んでいく。
しかし、その氷壁はびくともしない。
まるで鋼鉄の壁のように、弾丸を弾き返していた。
「なんじゃ……まさか、もう魔力切れか? さっきよりも、随分魔力が弱まっているようじゃが」
「なっ……そ、そんなこと……ない……し」
「目障りじゃ……退け!」
「! ゃ……っ!」
「え……か、華蓮!」
女神の操る風魔法が、華蓮を襲う。
思わず目を覆うほどの突風が吹き抜けた後に――華蓮の姿は、なかった。




