麻子&華蓮VS女神
「ふーっ……」
大きなため息とともに、女神の訝しむような視線がわたしたちに向けられた。
女神はもう、苛立ちを隠そうともしない。
その小さな身体から、黒い魔力が溢れている。
女神にとって、華蓮は予定外のイレギュラーな存在。
そんな華蓮が、女神の目論見を阻害しようとしている。
女神城に呼ぶことすらしなかった魔法少女が、目の上の瘤になっている……女神にとって、面白くないだろう。
「何故じゃ……? ようやく終われると思った矢先に……」
「終われる……? 何言ってんのよ?」
女神の言葉に応えつつも、華蓮はわたしの隣で指を動かしながら魔力の感触を確かめていた。
まるで、間合いでも測るように。
「……汝に話しても無駄な話じゃ」
「無駄?」
「全く……何のために人払いをし、この状況を作り上げたと……」
目を閉じて苦悶の表情を浮かべる女神に対し、華蓮は突然人差し指を向けた。
「そうやって人を舐めてるから……こういうことになるのよ!」
バン――と乾いた銃声が響いた。
あまりに急にぶっ放すものだから、すぐ隣にいたわたしですら反応が遅れた。
ほぼ不意打ち。
女神も、いきなり指拳銃で撃たれるとは思っていなかっただろう。
これにはさすがの女神も反応できなかったはず……
そう思った。
しかし、女神は微かに俯いて、目を閉じたまま動かない。
動く必要が、なかったのだ。
「……!?」
炎の弾丸が、女神に届く前に弾け飛んだ。
まるで目に見えない壁に阻まれたかのように、弾丸が凍り付いて散っていく。
(あれって……羽衣姉がやっていたのと同じ……!)
「……思いあがるなよ。取るに足らぬ相手なら……何の問題もないんじゃぞ?」
ゆっくり顔を上げた女神が、華蓮を睨む。
その表情は、苦悶から憤怒へと変わっていた。
「やはり汝では力不足じゃな……この程度の魔力、意識せずとも防げてしまう」
「あー……こうなるのね。ほんと、わたしの周りは化け物しかいないんだから」
苦笑する華蓮。
やっぱり、羽衣姉の氷魔法は別格……
華蓮の言うとおり、力を併せないとどうにもならない。
「華蓮……といったか。汝はここにいても巻き込まれるだけじゃ。向こうに戻って、この世界のことは忘れるがいい」
「ここまで好き勝手しておいてよく言うわよ。……わたしはよくても、麻子は違うんでしょ?」
「…………」
女神は否定しなかった。
それはもう、肯定しているも同じである。
「……イエスってことね。やっぱりやり合うしかな……ぶえ!?」
華蓮が首を絞められたような声をあげる。
これはわたしの仕業。
臨戦態勢に入ろうとする華蓮の襟を、思いっ切り引っ張ったせいだ。
「な、何すんのよいいところなのに……」
「華蓮、張り切りすぎ。救世主ポジションで高まってるでしょ」
「はあ!? そ、そんなことないし……」
そんなことある。
華蓮の部屋には、バトルものの少年漫画が多かった。
その漫画のような状況に、華蓮のテンションもいつもより高い。
確かに駆けつけてきた華蓮はかっこよかったけど……そのやる気が空回っては意味がない。
だったら、この状況でわたしがするべきことは……
「と、とにかくその手を放しなさいよ。まさか、手を引けって言うんじゃないでしょうね」
そう言って暴れる華蓮の頭に、そっと手を置く。
「……いや、その逆」
「……へ?」
「好きにしていいよ。こっちが合わせる」
わたしの言葉が意外だったのか、華蓮が目を丸くした。
「……大丈夫なの?」
「もちろん」
この状況でわたしがするべきことは、華蓮の暴走を止めること……そうかもしれない。
でも、わたしはその選択を取らなかった。
その選択には、何の根拠もない。
でも、さっきの夢でも見ていたかのような妙な感覚。
あの感覚が、わたしの不安を掻き立てる。
そんなときに華蓮が来てくれたのは、きっと偶然じゃない。
「じゃ、思いっきりやるけど……」
華蓮は一度口を閉じると、上を指さして言った。
「わたしが考えてること……わかる?」
そう言って笑った華蓮を見て、わたしも思わず笑った。
「……察しはついてる」
「おっけー。全く……やっぱり最後はこうなるんだから」
「……そうね。じゃ、今回も大丈夫ってことかな」
頷いて、気持ちを集中させる。
もうこれで、三度目だ。
こういう局面で、華蓮と一緒に魔法少女との戦いに臨むのは。




