Aランクでも頑張りたい
「…………っ」
頭が痛む。
寝すぎると頭痛がするときがあるけど、そんな感じ。
体がだるくて、瞼を開けることすらしんどい。
……ん? あれ?
わたし、何をしていたんだっけ?
さっきまで、羽衣姉と操られた芽衣が戦ってて……
最後まで、羽衣姉が耐えきって……
でも、羽衣姉と芽衣の魔力を女神に奪われちゃって……
それから……
……ダメだ。
そのあとが思い出せない。
わたし、眠っちゃったんだっけ?
こんな闘いの最中に?
なんだか、とても悪い夢を見ていたような……
『少し、話をしようか。このアストラルホールが闇に包まれて、終わる前に』
……女神の声が頭に響く。
やっぱり、夢なんかじゃない。
ここはアストラルホール。
なのに、どうして眠っちゃっていたんだろう?
極寒の雪山で眠くなるように、吹雪の中で気を失ってしまったのだろうか?
『……黒瀬麻子。わしはな……すべてが無に帰ると期待したときが『二度』あったんじゃ』
……二度? 二度って……何の話?
「一体、急に何を……」
「『どん! ど!! 焼きぃ』!!!」
「!?」
びっくりしたぁ!
突然なに!?
冷えていた頬が急に熱くなり、目が冴える。
気が付くと、わたしと女神の間を隔てるように、炎の壁が拡がっていた。
……炎の壁?
これって、まさか……
「らしくないわね……何やってんのよ麻子」
生き物のように動く炎が、こっちに向かってくる。
渦巻く炎の中で、陽炎のように揺れる人影。
それが何を意味しているのか。
そこから誰が出てくるのか。
わたしは、もちろんわかっていた。
けれど、その姿を現すまでは……
実際に、その顔を見るまでは……
その名前を、口にできなかった。
「……華蓮……!!」
「……何よ、その意外そうな顔は」
「なんで……なんで来ちゃったの?」
「なんでって……嫌な予感したのよ。また、夢を見ちゃって」
「ゆ、夢?」
「世界が凍る夢……あれは、この状況を示唆してたのかもね」
……ん?
なんか急にファンタジーみたいなことを言い出した。
華蓮らしくない発言に、肩の力が抜けてしまう。
けれど、何でだろう。
華蓮の顔を見て、急に身体が軽くなったような気がした。
「……予知夢ってこと? 華蓮って超能力者だったの?」
「知らないわよ。魔法少女なんだから、そういうこともあるんじゃないの」
「いやないけど。何言ってるの? 大丈夫?」
「あーもう、んなことどうでもいいわよ! そんな呑気に話してる場合じゃないでしょ!?」
いけないいけない。
ついいつもの感じになってしまった。
「芽衣と……白雪さんは? 姿が見えないけど」
「ついさっき、羽衣姉が芽衣ちゃんを取り戻してそっちに送り返したとこ……ふたりは、魔力を奪われちゃったけどね」
「は!? それって……女神に氷魔法も風魔法も奪われたってこと!?」
「プラス、魔王の力もね……てか、華蓮会わなかった?」
「え? 会ってないけど……行き違い?」
「多分……ゴンザレス二世に任せたから、大丈夫だとは思うんだけど」
「ゴンザレス二世って……芽衣が飼ってるあの魔獣? 麻子、知ってたんだ」
「うん。てか……今はそんな呑気に話してる場合じゃないんじゃないの」
「え? それわたし言った……」
「――ええい、五月蠅いわ! いつまで話しておるんじゃ汝らは!」
怒声と共に突風が吹き、炎の壁が吹き飛ばされる。
緊張感の欠けた会話にさすがの女神も見兼ねたのか、その声色は明らかに苛立ちを帯びていた。
「……怒らせちゃったね、華蓮」
「わたし? これわたしのせいだった? 違うわよね?」
「……とんだ邪魔が入ったの。何者じゃ、汝は」
「何者って……はじめましてじゃないでしょ? あんたには、前に一度……芽衣といたときに、アストラルホールで会ってるもの」
「……あのときの……片割れか」
「か、片割れって……舐められたものね」
右手で再び炎の壁を作りながら、華蓮が息巻く。
「ランクに気を取られてわたしをハブったみたいだけど。それが間違いだったって、その身に教えてあげるわよ」
「あ、華蓮やっぱりハブられて寂しかったんだ……」
「だから今はどうでもいいでしょそんなこと!?」
「炎の魔法少女……か」
女神が、大きくため息をついた。
「汝……自分が場違いだということがわからんか?」
「場違い? なんでよ」
「汝と他の魔法少女では『格』が違う。それがわからんほど、未熟者でもなかろうて」
「……わたしが劣ってるって言いたいわけ?」
「そのとおりじゃ。Aランクごときの炎に……この氷が溶かせるか?」
女神の足元が白く光る。
次の瞬間、美しい光を纏った氷の柱が華蓮に襲い掛かった。
「! 華蓮、逃げ……」
無茶だ、勝てるはずがない……正直、そう思った。
炎は氷を溶かす……自明の理だが、さすがに魔力が違いすぎる。
闇すら凍てつかせる、羽衣姉の氷魔法。華蓮の魔力で手に負える相手ではない。
しかし、その結果は意外なものだった。
「火祭りシリーズ……『舞火龍』!」
華蓮の炎は、決して負けていない。
いや、むしろ――勝っているようにさえ見える。
女神が放つ氷魔法を、華蓮の炎魔法は相殺させていた。
「魔法の扱いに関しては……わたしは誰にも負けない。わたしはコントロールが上手いって、芽衣にも瑠奈にも言われたし」
そう言った華蓮の右腕で蠢く炎は、龍のように見えた。
……あれは華蓮の趣味だろうが、その迫力には驚かされる。
「コントロールできるってことは……強めることもできるってことよ」
……凄い。
左腕がまだうまく動かないにも関わらず、右腕だけで炎を自在に操っている。
強めることもできるなんて簡単に言うが、そんな易しいことのはずがない。
「……なんでこれで華蓮がAランクなのよ。凄すぎじゃん」
わたしの呟きが聞こえたのか、華蓮がそっとわたしの耳に顔を近付けて言った。
「ばか。こんなのハッタリだから。こんなことしてたら、すぐ魔力切れになる。そうなる前に、速攻で終わらせるわよ」
「速攻でって……今あの女神は、光魔法と氷魔法を使えるのよ? どうやってあの白い氷を……」
「光魔法? それで麻子……」
「わたしには分が悪いの。だから、ここは一旦退いて……」
「じゃ、こっちも同じことするしかないわね」
「……え?」
「こっちも似たようなこと、できるでしょ」
「な、何が?」
「わたしとあんたで……黒炎で、あの白氷ぶち抜くわよ」




