BAD END……?
「……は? わたしが……?」
突拍子もない話に、思わず間抜けな声が出る。
そんなこと、わたしがするはずがない。
もとより――できるはずもない。
「なにを訳の分からないことを……現に、わたしは京香に勝ったけどそんなこと……」
「いいや。逆じゃよ」
「……逆?」
「もし、あのとき鏡の魔法少女が勝っていた場合……源芽衣は死んでいた。そうなれば汝が怒り狂い、汝の中に眠る闇魔法が暴走すると踏んだのじゃ」
「……!?」
気持ちがざわつく。
それと同時に、身体に纏っていた闇が色濃くなっていく。
同じだ。
ここに来て、女神と対峙したときと同じ。
いつもよりも、闇魔法が強まっている。
そのせいか、わたしの中の『何か』が、靄がかかったように見えなくなっていく。
(なに、これ……? やっぱりこれ……気のせいなんかじゃない……!)
「魔王の力では足りぬのじゃよ。世界を丸ごと闇に沈めることなど……魔王にもできやしない。しかし、汝は違う」
そう言いながら、女神がゆっくり近付いてくる。
わたしの足は、それに歩幅を合わせるかのように後退っていく。
「完全なる闇に包まれる世界の行く末は、『無』じゃ。汝なら……それができてしまう」
「……何を根拠に、そんな……」
「闇は、人の心を蝕む。汝も、闇魔法の神髄に気付き始めているのではないか?」
「…………」
「世を恨み、人を恨み……世界を滅する。望んだことがあるのではないか?」
「…………」
『キミは何かかなえたい願いがあるぽん?』
『わたし? わたしは……この世界からリア充を滅する』
『は?』
『そうだね、まずは恋人がいる人全員。それからお金持ち。あと、なんか生活が充実している人……毎日を楽しんでいる人。あ、もういっそ大学生全員とか!』
『……を、滅するのが願い?』
『うん』
「……はは。あんなのは、冗談で……」
いや……違う。
全く心に無いことを言ったわけじゃない。
あのときのわたしは、あれをまるっきりの冗談だなんて思っていない。
芽衣や華蓮と出会って、いつの間にか心に蓋をしていただけ。
だって、交通事故に遭う前のわたしは……
本当のわたしは……
「……っ」
ズキ、と胸が痛む。
もう心の奥底に閉まっていたと思っていた、暗い闇。
それが呼び覚まされるどころか、拡がっていく嫌な感覚。
得体の知れないどす黒い魔力に、侵されているような……
いや……得体の知れない、ではない。
この魔力には、覚えがある。
これは、芽衣の……正確には、魔王の魔力……
(まさかこれって……魔王の影響? もしかして……芽衣ちゃんも女神も……あんな突飛な行動に走ったのって、まさか……)
少しずつ、考えるのが億劫になってくる。
(魔王の魔力って……そういう、こと……?)
心の一部がぼやけて、自制が利かなくなってくる。
お酒に酔ったときって、こういう感じなのだろうか。
わからないけれど、落ち着かない。
(そうだ……別に終わったって……)
気持ちが乱されて、理性が追い付かない。
脳が、思考を放棄しようとしている。
(いや、むしろもう……だって、わたしもそれを望んでいたはずで……)
「闇属性である汝は、『おわりの魔法少女』。わしが汝を操ったり、汝の魔力を奪っても……その力を引き出すことなどできやしない。滅するのはわしじゃない。汝なんじゃ」
そう言った女神の足元が、白く光っていた。
パキパキと音を立てながら、地面が少しずつ凍りついていく。
その範囲が、徐々に、徐々に拡がっていく。
「凍れ……何もかも」
このままだと、わたし自身も凍り付く。
そうならないためには、闇魔法で防ぐしかない。
でも、この羽衣姉の氷魔法に対抗し得るほどの闇魔法を使ったら、わたしは――
「これで終いじゃ……黒瀬麻子。……すまんな」
わたしは、目を閉じた。
瞼に浮かんだのは、すべてが凍った世界。
海も山も、建物も。
神樹でさえも、凍っている。
何もかもが凍てついた氷の世界が、ゆっくり暗闇に呑まれていく。
この美しい世界が、闇に沈む。
わたしの戦いは――終わった。




