おわりの魔法少女
静かだ。
台風が通り過ぎたあとは晴天になるというが、まさにそれ。
さっきまでとは打って変わって、穏やかな風が吹いている。
しかし、目の前に広がっている光景は、そんな穏やかなものじゃない。
神樹の枝葉は散り、所々が凍り付いている。
ここに来たときは、なんて綺麗なところだと思ったのに……今やその面影は無い。
そんな荒れ果てた場所で、わたしと女神はふたり、向かい合っていた。
「黒瀬麻子。わしはな……すべてが無に帰ると期待したときが、『二度』あったんじゃ」
「……急に……何の話?」
「わし自らが手を出さずとも、この世界が終焉を迎える――そんな転換期が、これまでに二度あったという話じゃよ」
ゆっくりと歩き回りながら、女神が意味深に語る。
世界が終焉を迎える……転換期?
いきなり何を言ってるの?
意味がわからない。
でも、わたしにも全く覚えが無い話ではない。
ひとつだけ、思い当たることがあるとしたら……
「一度は……芽衣ちゃん?」
「……そのとおり。一度目は、源芽衣が魔王の力を取り込んだときじゃ」
芽衣が、魔王の力を取り込んだとき……一年前のあのとき、芽衣は自分でこう言っていた。
『わたしが魔王になって、この世界を壊してしまおうって――』
もしあのとき、わたしと華蓮で芽衣を止めることができていなかったら。
そのときは、どうなっていたかわからない。
それこそ女神が願っているとおりに、世界が終わっていたのだろうか。
「あのときは、あやつが世界を闇に堕とす可能性を見た。結果は知ってのとおり、汝らに止められたがな」
「芽衣ちゃんがやろうとしてたこと……最初からわかってたのね」
「ああ。ま……あのときは期待薄じゃった。もしやとは思っていたが、やはりあの娘では力不足が否めんからの」
「芽衣ちゃんが力不足……? 魔王の力を持った芽衣ちゃんよ?」
「じゃが、案の定勝ったのは汝らじゃった。このときは、わしもどうしたものかと思ったものじゃ。このままでは、わしの望みは叶わないとな」
「……それであなたは、芽衣ちゃんの力を利用することを思いついた……」
歩き回っていた女神の足が、ぴたりと止まる。
「ふむ……その言い方じゃと、少し語弊があるな」
「……は? 語弊?」
「そのときわしは、既に別の未来を思い描いていたからの」
そう言うと、女神は右手に小さな黒い竜巻を生み出した。
それを見た瞬間、顔が熱くなる。
これは、芽衣がよく使っていた魔法だ。
風魔法と闇魔法を併せた、『黒風』。
女神が、その魔法を使っている。
本当に、芽衣の魔力は女神に奪われてしまったんだ。
「確かに、これはとんでもなく強い魔力じゃ。じゃが……やはり足りぬ」
そう言うと、女神はぎゅっと右手を握り、わたしの方を向いた。
その顔を見て、ドキッとする。
わたしを見る女神の目が、悲しそうな目をしていたからだ。
何で……そんな目でわたしを見るの?
何を訴えようとしているの?
どうして……わたしに謝るような目を向けているの?
「さっきから……あなたの話がわからない! 一体何が言いたいのよ!?」
「ああ……そうじゃな。じゃが、話を聞けばわかる。わしの言いたいことがな」
「……!?」
「話を戻そう。源芽衣による魔王騒動も冷めやらぬ頃……新たな騒動が起きた。それが、モストらによる暴動じゃ」
「……そうね。ひどい目に遭ったわ」
「それが、わしの言う転換期の二度目じゃった。……汝らが、ミラージュと闘ったときがな」
「……ミラージュと?」
「そうじゃ。あのとき、わしはその結果次第では世界が終わると予想した」
「え……?」
それはおかしい。
京香は自分の願いを叶えるために動いていたし、ミラージュの魔法少女は京香に従っていただけ。
世界をどうこうしようだなんて……そんな大規模なことを考えている魔法少女は、ひとりもいなかった。
わたしたちが勝っても、京香たちが勝っても、世界が終わるだなんて馬鹿げている。
「……何か勘違いしてない? 京香に、そんな気はなかったと思うけど」
「そうじゃろうな。あの妙な集団には、そんな力はないじゃろうて」
「だったら……」
「ミラージュにいた魔法少女に、そんな力はない。じゃったら、もう答えはひとつしかないじゃろう?」
女神が、人差し指を向ける。
……え?
その指が示す先にいるのは――わたし。
「世界を終わらせるのは……汝じゃよ。黒瀬麻子」




