白雪羽衣VS源芽衣
状況は――最悪だ。
わたしの闇魔法は女神の光魔法に防がれ、羽衣姉の氷魔法は芽衣の闇魔法に防がれる。
圧倒的に不利な状況だった。
「……やばいじゃん。どうすれば……」
氷壁の隙間から見える芽衣のスカートが、はためき始めた。
……風だ。
暗く淀んだ眼をした芽衣の両手から、微かに風の吹く音がする。
あの黒い風は、まずい。
一年前に見た、魔王の力を纏った風魔法。
黒い風の刃に頬を切り裂かれたことを思い出し、足がすくむ。
「白雪羽衣……まずは汝に、ご退場願おうかの」
「…………えっ? わたし!!??」
「ちょっ……芽衣ちゃん! やめて!」
「……………」
芽衣の反応は無い。
鏡魔法で操られた芽衣の耳に、わたしの声は届かない。
それどころか、芽衣が作り出す風はどんどん大きくなり、旋風となっている。
(やばいやばいやばい……! こんなに劣勢になるなんて! 女神のやつ……わたしたちの魔力を研究して、準備してたんだ……!)
こうなったら、わたしの闇魔法で対抗するしかない。
でも――できるだろうか。
前に芽衣と闘ったときは、わたしの闇魔法が芽衣の黒い風に引き裂かれた。
きっと、魔王の闇魔法はわたしのよりも強い。
芽衣の風魔法の力も相まって、押し負けてしまうだろう。
それでも――
「羽衣姉逃げて! ここはわたしが……!」
「遅いわ!」
女神の指先が光るのと同時に、芽衣が突っ込んできた。
突風が吹き、思わず目を閉じてしまう。
(羽衣姉……!)
羽衣姉は、わたしのように魔法の無効化なんてできない。
芽衣の黒い風に呑み込まれて、引き裂かれてしまう……そう、思った。
しかし、開いたわたしの目に飛び込んできた光景は、そうじゃなかった。
「……え? なんで!?」
芽衣の魔法が、ぱらぱらと氷の結晶となって砕けていく。
黒い風の刃が――羽衣姉に届いていない。
まるで、氷の結界でも張っているかのようだった。
(あ、ありえない……! 闇魔法すら凍らせるなんて……!)
「馬鹿な……どういう理屈じゃ? 魔法を無効化する闇魔法が……氷魔法に凍らされるなど……!」
女神にも、明らかに動揺が見られる。
女神にとっても、この結果は想定外だったんだ。
だったらこれはチャンス。
何故だかわからないけれど、とにかく羽衣姉の魔法は闇魔法にも負けていない。
だったらこのまま――
(いや……違う!)
わたしは、羽衣姉の氷魔法が闇魔法までも凍らせていると思った。
でも、よく見るとそうじゃない。
少しずつ、でも着実に、闇は羽衣姉の氷魔法を侵食している。
やっぱり闇魔法の無効化の力が、羽衣姉に効かないわけじゃない。
それでも羽衣姉が黒い風を凍らせているように見えるのは、目の錯覚。
羽衣姉は、無効化された直後から氷魔法を上書きしている。
闇魔法による無効化のスピードが、羽衣姉の魔法に追い付いていない。
それほど、羽衣姉の魔力量が膨大すぎるのだ。
「わたしは……引きこもりだから……」
羽衣姉が、青白い息を吐きながら両手で芽衣の行く手を阻む。
「わたしの居場所は……絶対に死守する! 侵入って……こないでぇ!」
(す、すごい……これなら闇魔法に無効化されても関係ない! 純粋な魔力量勝負! 羽衣姉の方が不利だけど……芽衣ちゃんの魔力が先に尽きれば……勝てる!)
「ぬう……! たかが氷属性が……凡属性が歯向かうでないわ!」
風と氷の、ぶつかり合い。
それはまるで、猛吹雪の中にいるようだった。
あまりにも強すぎる魔力の衝突に、目を開けていられない。
自分の身は闇魔法で守れていたが、動けない。
神樹の枝葉も、風に煽られ散っていく。
「羽衣姉! 大丈夫!?」
「平気……じゃ、ないけど……! でも、メイルちゃんはわたしがどうにかするから! 麻子ちゃんは、女神を……!」
「小癪な……魔王の闇に呑まれるがいい!」
「羽衣姉……!」
わたしの声に反応するかのように頷くと、羽衣姉は微かに笑った。
「我慢比べだね……配信者の先輩として……メイルちゃんの力が尽きるまで! 付き合ってあげる……!」




