ヴィラの葛藤は理解できない
「女神は……魔王を封印して、『不死になる』願いを叶えた。……違う?」
「女神様が……!? ヴィラ、そうなのかぽん!?」
「………………」
ヴィラは答えなかった。
肯定も、否定もしない。
口を閉ざしたまま、こちらを見るだけ。
その反応を見たわたしの口は、止まらなかった。
「自分が望んだことを『呪い』だなんて……それで周りを巻き込もうとしてるなんて、自分勝手にも程があると思わない?」
「………………」
「というか……女神は魔王を倒した対価を、自分の不死に使ったってことよね?」
「………………」
「ふたりで魔王を倒したはずなのに、今も生きているのはひとりだけ。それって、自分だけが願いを叶えたってことじゃ……っ!?」
風が頬を撫で、ふわりと横髪が揺れた。
頬に、ちくりと痛みが走る。
「……口を慎みなさい。女神様を侮辱するつもりですか」
あまりの速さに、何が起きたのかわからなかった。
ゆっくり視線を動かし、ようやく今の状況を悟る。
どこから出してきたのかもわからなかったが、ヴィラの手に握られたアイスピックが、わたしの頬を掠めたのだ。
「は……!? ちょ……あなた、女神の暴走を止めるためにここに来たんじゃないわけ!?」
「その認識は改めてください。わたしは、あなたの味方になるわけではありません」
「……!?」
ヴィラの手が動き、アイスピックの刃先が首元に突き付けられる。
「わたしはあくまで女神様の味方。女神様の身を案じて行動しているのです」
「な、なに言って……だったらどうしてここに来たのよ?」
「女神様がこれからもわたしと一緒にいてくださるなら……それが一番の幸せ。ですから、わたしはここに来たのです」
恍惚とした表情で、ヴィラは言った。
「あなたが世界の終末を止め、女神様が存在するこの世界が存続するのならばそれでよし……ですが、このまま女神様の望み通りにすべてが無に帰るのも……拒絶しているわけではないのです」
「い、意味がわからないんだけど……」
「女神様のおそばにいたい……それでも、女神様のお望みは叶えたい……この葛藤、もちろん理解していただけますよね?」
理解できるわけないだろ! と、大声で叫びたかった。
こいつも大概、イカれている。
一体、女神の何がそこまでさせるのだろう。
わたしには、一ミリも理解できない。
「どっちつかずが……そういうのが一番嫌われるのよ」
「……は? 何か言いました?」
「こらこら! 喧嘩するなぽん!」
一触即発のわたしたちの間に、モアが割り込んできた。
「麻子も落ち着くぽん。ヴィラは女神様のことを本当に大切に思っているから、自分でもどうすればいいのかわからなくなっているんだぽん」
「……モア。そういうあなたはどうなのよ」
「……え?」
「さっき、自分で言ってたでしょ。ぼくもヴィラと同じことを考えているかもしれないって」
「そ、それは……」
「わからなくなっているのはモアの方でしょ。だから、わたしたちのところに来た」
「……麻子……」
「その迷い……後悔することになるかもよ」
暗く濃い闇を纏った右手を、モアに向けた。
「わたしは女神のことなんて全然知らない。どれだけ偉い人なのかも興味ない。悪いけど……手加減なんてできないから」
「女神様と……闘う気かぽん?」
「こっちは芽衣ちゃんと華蓮がやられてる。指咥えて世界の終わりを見届けるわけにもいかないでしょ」
ヴィラもモアも、女神のことを慕っているのはよくわかった。
全く、大人気で羨ましい限りである。
でも、わたしには関係ない。
むしろ、女神に対する嫌悪感は増すばかりだ。
右手に纏った闇も、心なしかいつもより色濃くなっているように感じる。
「……そうね。わたしも麻子と同意見だわ。全く……結局こうなるんだから」
「……華蓮」
「状況は、去年と同じってことでしょ。だったらさっさとふたりで行って、片を付けに行くわよ」
「ううん。華蓮はここに残ってて」
「うん。……って、はあ!? なんでよ!?」
華蓮が声を荒げながらわたしに詰め寄ってきた。
「どう考えても一緒に行く流れでしょうが!?」
「いや。何かあったとき、全員一緒にいない方がいいんじゃないかと思ってさ」
「何かってなに。それなら、何かあったときに一緒にいた方が助けられるでしょ!?」
「それはそうだけど……でも、それだけじゃなくて」
ぐっと華蓮の左手を握ってやる。
その瞬間、微かに華蓮の顔が歪んだのがわかった。
「やっぱり……華蓮。その左腕、相当痛むんじゃないの」
「だ、だからこれは大丈夫だって……」
「嘘。今もまともに腕上がらないほど、痺れてるんでしょ」
「……う」
「そんな状態であの女のところに行くのは危ないよ」
「だ、だからって……」
「それにもうすぐ受験よ。危険なところに行って、怪我でもしたらどうするの?」
「ばっ、それはあんたも同じでしょ!? 三浪になるわよ!?」
「あはは、三浪は困るわね……」
「だったらひとりで行くなんて馬鹿な真似……」
「いや、ひとりじゃないから。ね、羽衣姉?」
「えっ?」
急に名前を呼ばれて、びくっと反応する羽衣姉。
「えっと……わ、わたし……?」
「他に誰がいるのよ」
「そ、そうだよね……行かなくちゃいけないよね……いや、でも……いやいや、メイルちゃんが危ないんだもんね……」
さすがに自分も行かなければならないと察していたのだろう。
女神城に誘われたときは秒で断っていた引きこもりの羽衣姉が、必死に自分を奮い立たせていた。
「自信持ってよ、強いんだから。それに、冬の羽衣姉は頼りになるはずでしょ?」
「う、ぁ、ぅ……」
「……もー! しっかり!」
「むぐ!?」
「大丈夫! 一緒に芽衣ちゃんを迎えに行くだけなんだから!」
俯いていた羽衣姉をぎゅっと力強く抱きしめて、よしよししてあげる。
これじゃどっちが年上だかわからない。
でも、冬の羽衣姉が頼りになるのは本当だ。
昔の羽衣姉を知っているわたしは、わかってる。
わたしも、こんな風に羽衣姉によしよししてもらったことがあったっけ。
羽衣姉は、きっとわたしたちを助けてくれるはずだ。
「……モアはどうする? わたしたちと一緒に行く?」
「……いや……ぼくは……」
「……いいわ。モアはここで華蓮と待ってて。まだ、女神のこと受け入れられてないんでしょ」
「…………」
「アストラルホールには、ヴィラが案内してくれるのよね?」
「……ええ、もちろん。良い結果になることを、祈ってます」
「……そうとは限らないわよ」
良い結果になることを、祈ってる……か。
いつもよりも力が漲っているわたしの闇に、最強の魔力を誇る羽衣姉。
戦力としては十分すぎる。
それなのに、どうしてだろう。
正直――悪い予感しかしない。




