女神様の属性は
「まずは、この話から始めましょう。『はじまりの魔法少女』の話」
ヴィラは羽衣姉の部屋にある椅子に腰掛けると、静かに語り始めた。
「もう、百年以上も前の話。世界を衰微させる『闇の軍勢』を討つため、最初に誕生した魔法少女がいました」
「それが……はじまりの魔法少女ぽんね」
「ええ。ですが、それは正確ではありません」
「正確じゃ……ない?」
モアが首を傾げる。
しかしわたしには、ヴィラの言葉の意図がなんとなくわかっていた。
「それだけじゃなかった……ってことでしょ」
「ま、麻子? それってどういう意味だぽん」
「書いてあったじゃん。魔法少女は、見事な連携で魔王を封印したって」
顔の横で、指を二本立てた。
「はじまりの魔法少女は、ふたりいた……そういうことでしょ」
そのとおり、とヴィラが頷く。
「ひとりは、当時『神の力』とまで言われていた光属性を持った魔法少女。そして、もうひとり……『無属性』の魔法少女。それが、今の女神様なのです」
「無属性の……魔法少女……」
「無属性とは、属性が無いということではありません。そういう属性なのです。他人の魔力を自分のものとし、何にでも染まることができる魔力。複数の属性の魔法が使える、唯一無二の属性なのです」
「はじまりの魔法少女……本当に、女神様が……」
「モア……本当に何も知らなかったわけ?」
「…………」
モアは、何も答えなかった。
俯いたまま、何かを考えているように動かない。
その顔は、驚きよりも嘆きの色が濃いように見えた。
「わたししか知らないことです。たかが数年務めただけの一神官が、知る内容ではありませんよ」
「たかがって……ヴィラ、あなたは一体何なのよ? 女神の、何なわけ?」
今の口ぶりから察するに、ヴィラは女神にとって特別な存在なのだろう。
やっぱり、あの書物に描かれていた絵から感じたヴィラの面影……
あれが、ただの他人の空似とは思えない。
「……わたしはただのメイドですよ」
「ただの……って、そんなわけないでしょ。わたし、気になっていることあるんだから」
そう言うと、モアが出してきた古びた書物をヴィラに突き付けた。
「これ。ここに描かれているはじまりの魔法少女。あなたに似てるように見えるけど」
「……そう見えますか?」
「とぼけないで。それとも何か、言えないことでもあるの?」
「…………」
ヴィラは、ため息をつきながら冷たい視線を向けた。
「はぁ……それは、何の不思議もありませんよ」
「え?」
「わたしは、はじまりの魔法少女……光の魔法少女の、子孫ですから」
「!!???」
し、子孫……!?
さすがに考えてもいなかった。
だから、この書物に描かれていた魔法少女にはヴィラの面影があったんだ。
納得した……と言いたいところだが、そうもいかない。
それだと、別の疑問が湧いてくる。
ここに描かれているのは、ヴィラじゃない。
ということは、やはりかつての光の魔法少女当人は、モアの言うとおり既に亡くなっているのだろう。
ふたりの魔法少女のうち、ひとりだけが亡くなっている。
無属性の魔法少女……女神だけが、今も生き残っている。
それって……
「わたしはこの世に生を享けたときから、ずっと女神様のおそばにいました。ですから、無の魔法のことはもちろん……女神様がこれからどうなさるおつもりなのかも、全て理解っているのです」
そう言ったヴィラの顔が、わたしには不気味に見えた。
悲しそうな表情にも見えるが、どこか嬉しそうなその表情。
わたしはこのとき初めて、ヴィラのことが少しだけ理解できた気がした。
なるほど、さすがはメイドと言ったところか。
この子……狂信的だ。
「……女神は芽衣ちゃんを連れ去って、何をしようとしてるの?」
「女神様の目的は、『すべてを無に帰すこと』です」
「は……?」
何を言っているんだ、こいつは……そう思いたいところだが、自然とその言葉を受け入れている自分がいた。
それはそうだろう。
これは、一年前に芽衣と対峙したときと同じだ。
芽衣が魔王の力を得てやろうとしたことと、同じ――
「魔王の力なら……それができるってこと」
「……そう……ですね」
「……? 違うの?」
「いえ……違いませんよ。だから女神様は、あの風の魔法少女を攫ったのです。鏡の力で操ることさえできれば、その力を無理にでも引き出すことは可能なはずですから」
操ることができれば……ね。
そう言いかけたが、口にはしなかった。
京香の鏡魔法では、わたしや華蓮、芽衣を操ることは難しいはず。
Sランクの芽衣が、そう簡単に女神の言いなりになるとは思えない。
「……なんで……なんで女神はそんなことするのよ? みんなに好かれてる女神なんでしょ? あの女神、心に闇でも抱えてるわけ?」
「あなたも女神様とお話したではありませんか。女神様が死にたがっているのは、本当なのです。ですが、闇魔法で不死の呪いを解くことなどできやしない。ですから女神様は、世界ごと終わらせて、全てを無に帰すことを考えたのです」
「やっぱり……そうなのかぽん」
「やっぱり? やっぱりって何。わたしは、それがバカにしてるって言うのよ」
「……なんですって?」
「だって……不死の呪いって、呪いなんかじゃないでしょう?」
「呪いじゃない……? どういう意味だぽん?」
「女神がはじまりの魔法少女だとしたら……わかるでしょ」
「え……?」
困惑した顔を見せるモア。
でも、わたしは確信めいていたものを感じていた。
あの書物に書いていたことを思い出せば、明らかだ。
見事な連携で魔王を封印したという、ふたりの魔法少女。
でも、既に光の魔法少女は亡くなり、女神は謎の呪いで生きている。
それらが意味することって……やっぱり、そうとしか思えない。
「女神は……魔王を封印して、『不死になる』願いを叶えた。……違う?」




