呪いという名の願い
はじまりの魔法少女。
かつて『闇の魔王』を封印することに成功した、伝説の魔法少女。
この書物では、その少女はまるで英雄のように語られている。
笑顔で手を振る光の魔法少女は、賞賛の意を込めて描かれたのだろう。
光の魔法少女らしく、優しそうな……漫画の主人公みたいな、明るい笑顔。
でも、この顔……
これって……もしかして……
「……どうしたんだぽん? 急に黙り込んで」
「……ねえモア。はじまりの魔法少女って、あのメイドさんなんじゃないの?」
「……あのメイド?」
「わたしたちにお土産渡したメイドさん! いるでしょ? 女神の側近に、メイド服着てる赤い髪の子が!」
「……ヴィラが? いや……それはあり得ないぽん」
「あり得ない……? どうしてよ?」
わたしはモアから渡された書物のページを指さしながら言った。
「これ! どことなく、あのメイドの面影があると思わない?」
「それは……確かに、言われてみればそうも見えるぽんが……」
「でしょ? だったら……」
「でも、ヴィラは小さい頃から女神様と一緒に暮らしているメイドなんだぽん。ぼくも、彼女がもっと幼い頃から知っている。だから、年齢的にあり得ないんだぽん」
……え。
もっと幼い頃から?
「……あのメイド、若返るとか老いないってことは……」
「いやいや。順当に年を重ねて、今の姿に成長しているぽんよ」
「……そう、なの……?」
モアの言うことが本当なら、ヴィラは魔王が封印された当時に存在していた人物ではないということになる。
わたしがはじまりの魔法少女から感じたヴィラの面影は、ただの他人の空似ということだ。
(それじゃあ……このはじまりの魔法少女は、女神の件とは関係ないってことに……)
「ねえ、ちょっと。この魔法少女は、どんな願い事を叶えたの?」
「……え?」
いつの間にか書物を読んでいた華蓮が、唐突に言った。
「魔王を倒したら、何でも願いを叶えることができる。そうだったわよね。この書物にも、そう書いてあるし」
「ああ……そのはずだぽん。でも、何を願ったまでは……」
「……わからないんだ? やっぱり」
「やっぱりって? どういうこと、華蓮?」
「いや、この『少女は願いを叶える権利を得た』って……何か妙な言い方だって思わない? 普通、こんな回りくどい書き方する?」
「……?」
「それに、もうひとつ気になることがある」
「な、なんだぽん?」
「これ。『見事な連携を見せ』って……どこの誰とよ?」
……連携?
華蓮に言われて、もう一度そのページを覗き込む。
確かに……そう書いてある。
アストラルホールの住民の中に、魔法少女と力を合わせて戦おうとした者がいたということだろうか。
それとも――
「なんか、わたしはいい加減な書き方してる本だなって思ったんだけど……って、麻子?」
「何でも……願いが……」
「……ちょっと麻子? 聞いてるの?」
「あ、いや……」
魔王を倒した者は、何でも願いが叶う。
不老不死とか、億万長者でも叶えられると。
それは、わたしがモアに初めて会った日に聞いたことだ。
(だとしたら……まさか……)
いや、そんなことがあり得るのか?
そうだとしたら、女神の言葉には嘘がある。
でも、もしそうだとしたら。
この仮説が正しいとしたら、女神の不死の呪いって……
「……何が呪いよ……バカにしてる」
「ま、麻子?」
「……モア。今すぐわたしを女神のところに連れて行って」
「ど、どうしたんだぽん?」
「いいから早く!」
「そ、そんなこと言われても。ぼくは女神様のところへは……」
「どうやらそちらの方は……お気付きになられたみたいですね」
「!?」
おしとやかな声と共に、空間が歪む。
その歪みから、ゆっくりと人影が現れた。
シックなメイド服に身を包んだ、その姿。
鋭い目つきは、前に見たときと少しも変わらない。
「ヴ、ヴィラ……!」
「お久しぶりです」
突然現れたヴィラは一礼すると、すぐにモアの方を向いた。
「な……!? どうしてお前がここにいるぽん!?」
「あなたこそ。モア、あなたには禁足令が出ているはず。それなのに、どうしてこんなところにいるのですか?」
「ぐ、そ、それは……いや、今はそんなことどうだっていいぽん! ヴィラ、お前ならわかっているんじゃないか? 一体何が起きている? 女神様は……何をしようとしているんだぽん?」
「それを説明するために来たのです。モストは先走り、消されましたが……今はもう大丈夫。たとえ今から何をしようと、女神様は止まらない。その段階まで、来ていますから」
「な、何を言って……」
「順を追って説明します。ですが、その前に」
ヴィラは綺麗な長い指でモアを指さすと、まるで窘めるような口調で言った。
「モア。あなたはどちらの立場ですか?」
「……どういう意味だぽん?」
「それを察せないほど、鈍いあなたではないのでは?」
「…………」
モアが黙り込む。
わたしには、ヴィラの言葉の意図がわからなかった。
しかしモアは数秒の沈黙のあと、深く息を吐いた。
「……ぼくは女神様の味方だぽん。だけどヴィラ……キミと、同じことを考えているのかもしれない」
そう言ったモアの顔は、どこか寂しげに見えた。
その顔を見たヴィラは納得したように頷くと、口を開いた。
「……話しましょう。女神様の、目的について――」




