消失
京香の話を聞いてから、数日が経った。
最近は雪の降らない日がほとんど無く、除雪が追い付かないぐらいの悪天候が続いている。
雪は嫌いだ。嫌なことを思い出すから。
わたしは二年前の冬、雪のせいで交通事故に遭い、受験できなかった過去がある。
当時は本当に落ち込んだし、イライラしたし、自暴自棄になっていた。
だから雪は嫌いなのだが、今年はそのときよりもさらに雪が強い。
このままでは、また吹雪の中受験会場に向かうことになるだろう。
雪のことは不安だが……懸念はそれだけじゃない。
それはもちろん、京香から聞いたあの話。
鏡の魔法を使う者が、今や京香とは別にいるということだ。
しかも、そいつの真意はわからない。
一体何が目的なのか。わたしたちの敵なのか、味方なのか。
わからないことだらけだが、そいつの正体だけはおおよそ見当がついている。
もし、あの『女神』が……京香から鏡の魔力を奪っているのだとしたら。
そのことを、わたしたちに隠しているのだとしたら。
考えれば考えるほど、疑惑は広がる一方である。
このままでは、とてもじゃないが受験に集中できそうもない。
そんなわけで、受験前の大事な時期ではあるが、わたしたちは羽衣姉の家に集まっているのであった。
「……そっか、だから女神の話し方に違和感があったんですね」
「――ってことは……」
「はい。わたしと華蓮さんが出会ったフードの魔法少女……うん、女神と声が同じだったと思います」
「芽衣、なんでその場で気が付かないのよ?」
「だ、だって口調が全然違いましたし……華蓮さんもあの場にいたら絶対気付きませんって」
芽衣と華蓮のふたりが言うのだ、間違いないだろう。
フードを被った魔法少女……魔力を感じない、属性が無いと言う魔法少女。
その魔法少女は、女神と同一人物ということだ。
「なんにせよ、これでハッキリしたね。あの女神は、魔法少女。京香から鏡の魔力を奪って、今や鏡の魔法少女になっているかもしれない、危険な存在だってことが」
「何が目的だか知らないけど、やっぱ怪しいでしょ。京香から奪ったってことだけ聞けば味方にも思えるけど、それを言わずに麻子たちを女神城に呼び出した……何か企んでるんじゃないの?」
「そうかもしれない。モストが鏡魔法で消されたことを考えると、モストが言ってた『はじまりの魔法少女』っていうのが女神のことなのかな」
「だとしたら、女神が世界を壊してしまうってことになるけど……」
「……だよね? うーん……」
モストの言うことを鵜呑みにするわけではないが、女神が世界を壊すって……意味がわからない。
みんなに好かれている女神が、そんなことをするとは思えない。
それに、もしそうだとしたら、どうしてモストはそれをわたしたちに言いに来たんだろう。
女神といえば不死の呪いを思い浮かべるけど、それが関係しているのだろうか。
(……そういえば……)
世界を壊すと聞いて、ふと思い出す。
あれはそう、丁度去年の今頃だっただろうか。
『――世界を壊すためです』
アストラルホールで芽衣と対峙したとき、彼女が言った言葉だ。
芽衣は、闇の魔王の力を使って、世界を壊そうとしていた。
あのときはわたしと華蓮でなんとかしたけど、世界の危機であったことは間違いない。
まるで今回も、同じような……
「……ね、芽衣ちゃん」
「? どうしました、麻子さん?」
「あのさ、去年って……」
芽衣に一年前のことを訊こうとした、そのときだった。
――ド ン
「ひっっっ!??」
思わず震えあがるような轟音が鳴り響いたかと思うと、家中の電気が消えた。
「な、何!? 停電!?」
「落ち着いて羽衣姉。雷でブレーカーが落ちたのかな……?」
急に暗くなったせいで、周りが見えない。
それでも何とか手探りで羽衣姉を探そうと、一歩踏み出したときだった。
「麻子、違う! これ……雷魔法よ!」
「えっ……」
場に緊張が走る。
華蓮の焦りを帯びた声に動揺し、心臓の鼓動が早くなった。
「雷魔法って……まさか、瑠奈!?」
しかし、その次に聞こえてきた声は、瑠奈の声ではなかった。
「安曇瑠奈か……違うのう」
――え。
今の声。
さすがにこれだけ意識していれば、暗闇の中で突然聞こえてきた声でもわかる。
わたしが、女神城でカーテン越しに聞いた声。
あのときとは口調が全く違うが、間違いない。
(女神……!)
女神が来ている――そう思ったときには、遅かった。
「……っ! 眩しっ……!?」
ようやく暗闇に慣れ始めた目に、眩い光が突き刺さった。
突然のことに目がくらみ、思わず手で覆う。
その拍子に、バランスを崩してしゃがみこんでしまった。
(な、何今の……!)
「きゃああああああああ!」
「か、華蓮!?」
「っ! ま、麻子さん……!」
「芽衣ちゃんも……!?」
ふたりのただ事ではない悲鳴に、身体が固まる。
わたしは、華蓮ほど魔法の出所を探ることはできない。
でも、華蓮の悲鳴と同時に察した。
この、嫌な感覚。
身体にへばりつくような、気持ち悪い魔力。
鏡魔法が……鏡の世界が、迫っている。
(やばい……!)
暗闇の中で急に照らされた閃光のせいで、まだはっきり目が見えない。
そんなときに魔法を浴びたら、新幹線でやられたときの二の舞だ。
(『暗幕』……!)
わたしは咄嗟に、周りを闇で覆っていた。
これで、わたしに魔法は通用しないはず。
しかしそれは同時に、自らの視界を奪われることに等しい。
闇魔法で自分を守るということは、周りで何が起きているのか知る術を失うということなのだ。
「ぁ、ぐっ」
「か、華蓮……!」
微かに聞こえた華蓮のうめき声。
何? 何が起きてるの?
なんとか、なんとかしないと。
でも、どうすればいい?
ぼんやり霞んだ眼に加え、この闇でガードしている状態じゃ、何が起きているのか全くわからない。
無敵の闇魔法のはずなのに、この状況で何もできない。
このままじゃダメだ、わたしがなんとかしないと……
そう思ったとき、バンと耳を裂くような雷鳴が響いた。
「ひっ……!」
いくら闇魔法で身を守っているとはいえ、身体が恐怖で震え、鳥肌が立つ。
耳がおかしくなりそうな破裂音と共に、超至近距離に雷が落ちる。
そんなの、怖いに決まっている。
暗い。怖い。隠れたい。
恐怖に支配された身体は強張り、わたしは床に膝をついたまま動けなかった。
「か、華蓮……芽衣ちゃん……羽衣姉……!」
――どれぐらいの時間が経っただろう。
おそらく、時間にしたらほんの数十秒だったはずだ。
しかし、その僅かな時間で、状況は激変してしまった。
家の電気が復旧して、部屋の灯りが点いたとき。
わたしは絶望した。
床にうずくまった華蓮。
息を荒くして、半身が凍り付いている羽衣姉。
そして――
「芽衣ちゃんが……いない」




