仲良くランチタイム③
「華蓮……そんな話し方の人に、心当たりがあるの?」
「麻子が鏡の世界にいたときに、アストラルホールで会ったの。でも、その人は京香も知ってる人だと思うんだけど」
「……ああ? 覚えないけど?」
ぎろりと華蓮を睨む京香。
一瞬華蓮が怯んだように見えたが、すぐに負けじと口を開いた。
「Cランクの魔法少女。ひとりいたんでしょ」
「Cランク……? ああ……確かにいたねえ、そんな子」
「Cランク? なにそれ、初耳なんだけど。どんな子?」
「知らないわよ。突然ミラージュにやってきて、しばらく雑用してたみたいだけど……いつの間にかいなくなっちゃったし」
「いなくなったって?」
「さあ。間違いなく魔力は最低クラスで、使い物にならないだろうから気にも留めてなかったわね」
「はー? なにそれ冷たっ。可哀そうでしょうが」
「いや変な子だったのよ。属性訊いても、無いとか言ってはぐらかされるし」
「属性が……え? どういうこと?」
「それだけ弱いってことでしょ、魔力が」
……属性が、無い?
属性が判別できないほど魔力が弱いから、そんなことを言ったってこと?
本当に……そうだろうか?
「わたしは、あのとき出会ったフードの人がそのCランク魔法少女だと思ってた。あの人は、そんな話し方をしてたのよ」
「そのフードを被った魔法少女に、京香は鏡の魔力を奪われた……そういうこと?」
「わからないけど、あの人何か変な感じしたのよね……気配だけじゃなくて、存在感そのものを感じない、不思議な感じ。わたしでも、ぶつかる瞬間までその人に気が付かなくて……」
「…………え?」
「え、どしたの麻子?」
「あ、いや……」
今、華蓮が言ったこと……わたしには、思い当たる節がある。
気配だけじゃなくて、存在感そのものを感じない。
それって、わたしも同じ感想を抱いたことがあったんじゃなかったっけ?
まだ汗ばむような、暑い頃。
女神城で、確かわたしが思ったことは――
『声が通る距離にいるにも関わらず、気配どころか、存在感まで……声をかけられるその瞬間まで、全く何も感じなかった』
『まるで、存在自体が「無」のように』
『影が薄いとか、そういう話ではない』
『声をかけられるその瞬間まで、本当に何も感じなかったのだ』
……え? あれ?
それってつまり……どういうこと?
「……そうだとしても、そいつに鏡魔法が使いこなせるとは思わないけどね」
ヨーグルトを食べながら、ぼそりと京香が声を漏らした。
「使いこなせない? 何で?」
「鏡魔法……反射に関してはどんな馬鹿でも扱えるだろうけど。ウチの魔法はそんな単純なものじゃない。例えば人を操る魔法……あれは、自分の瞳に映した対象を、頭の中で描いた鏡像と同期させてできる芸当なのよ」
「……何言ってんの急に?」
「はーもうめんどくさ。とにかく複雑な魔法で、めちゃくちゃ頭痛くなるってこと。相当マルチタスクできる人間じゃないと、上手く扱えないんだから」
「……ふーん……」
京香が言っていることが、いまいちピンとこない。
華蓮もそうだが、魔法を使いこなしている人はその魔力を自由自在に操っている。
しかしわたしの場合は、ただ単に魔力を無効化する『闇』を放出するだけ。
使いこなすも何もない。
もし、もっとわたしが魔法を使いこなせるようになったら……この禍々しい闇魔法にも、新たな使い道が見つかったりするのだろうか。
「ま……そもそもあなたたち級の魔力だと、操ること自体不可能だけどね。それができるなら、話はもっと簡単だった」
そう言うと、ヨーグルトを食べ終えた京香は席を立とうとした。
「もういいでしょ。ウチはもう行くから」
「あ、ちょっと……」
「何。まだ何か用?」
「えーっと……あ、そうだ。あの雷の子には会ってあげたほうがいいわよ」
「…………は?」
「あの子、あなたのことを心配してわざわざわたしを訪ねて来たんだから。会ってあげなさいよ」
「……あの子ならとっくに来たっての。余計なお世話」
そう吐き捨てると、京香は足早にその場を去っていった。
とっくに来たって……瑠奈、京香を探して会いに来たんだ。
あの子、どうもしない、日常に戻るって言ってたのに……
ふたりがどんな会話を交わしたのかは気になるが、今はそれよりも気になることがある。
「……行っちゃったね。華蓮、大丈夫?」
「……大丈夫。色々思うところはあるけどね」
ふーっと、華蓮が大きく吐いた。
「だよね。あの女……結局謝罪の言葉も無し、と。全く、どういう神経してんだか」
「ん……でも、京香も同じなのかも」
「え? 同じって……何の話?」
「気が付かなかった? 京香……わたしの方はよく見てたけど、麻子の方は極力見ないようにしてた。もしかして、麻子に……というか、麻子の闇魔法に怯えていたのかも」
「えっ……嘘」
「もしかしたら、闇魔法のせいで京香は暗いところが苦手になっているかもね」
「………………」
……全然、気が付かなかった。
確かに、京香はわたしと話したそうには見えなかった。
そういうやつだと思っていたけれど、あれも強がりの現れだったのだろうか。
わたしの『闇』は、本当に暗い。
そんな暗闇に包まれたら、怖いのは当然のこと。
一切の光が無い本当の闇の恐怖は、計り知れないものだ。
あのとき……わたしと京香が対峙したとき、周りには誰もいなかった。
華蓮にも、芽衣にも、モアにも見られることなく……闇魔法を使った。
だからあのとき、わたしは――
「でも、あいつ自身にビビる必要はないと思うと、少し気が楽になったわ。今日はありがと、麻子」
「え、あ……そ、そうね。それならよかった」
よかった……か。
いや、実際には何もよくない。
今、『鏡の魔法少女』は京香じゃない。
鏡魔法の使い手は、別にいる。
フードを被った魔法少女……
魔力も、気配も、存在感も……何も感じない、『無』を体現した魔法少女。
その魔法少女が、京香から鏡の魔力を奪っているのだとしたら。
そして、もしわたしの思っているとおりだとしたら。
その魔法少女が――あの、女神だとしたら。
(モストが消される前に口走った『はじまりの魔法少女』が……女神……ってこと?)




