仲良くランチタイム①
「ちょ、ちょっと麻子……大丈夫なの? 部外者が堂々と入っちゃって」
「全然大丈夫よ。大学って基本開放的なものなんだから」
わたしと華蓮は、羽衣姉が見つけた写真に写っていた大学を訪れていた。
東京の大学とはいえ、ここは都心部から遠く離れた場所。
そのせいか、敷地はかなり広い。
いわゆるマンモス大学と呼ばれる、学生数が非常に多い大学だ。
こうしてキャンパス内を歩いていると、高三のときにオープンキャンパスで色々な大学を巡ったことを思い出す。
あの頃は、普通に翌年にはキャンパスライフを謳歌するものだと思っていたんだけどなあ……
「へー……大学ってそういうものなんだ」
「そりゃ明らかに怪しい不審者だったら止められるだろうけど。芽衣ちゃん探しに中学校の校門前うろついてたときに比べれば、全然怪しくない」
「……そんなことしてたのあんた? 一歩間違えたら通報されてたわね」
ふたりでキャンパス内を歩き回るが、さすがはマンモス大学……これだけ広いのに、どこもかしこも人が多すぎる。
京香は目立つ外見をしているから、いればわかると思ったのだが。
来てみると、同じような髪型をしている人は少なくないし、みんな歩くスピードが速い。
この中から京香を探すのは、無理難題に思えてきた。
「うーん……芽衣ちゃん探したときみたいに聞き込みしたいけど、怪しいかな?」
「怪しいっていうか、ダメでしょ。それでわたしたちが探していることに気付かれたらどうすんの? あいつはわたしたちに会いたくなんてないだろうし、雲隠れされておしまいよ」
「……確かに」
華蓮に正論を言われてしまい、ぐうの音も出ない。
かと言って、じゃあ帰ろうかというわけにもいかない。
さすがに講義中の教室に突撃するのは無理だとしても、わたしたちでも入れるところはひととおり探して回りたいところだ。
となると、まずはどこから……
ぐうう……
「……ん? 華蓮、お腹空いてるの?」
「! だ、だって……今日は朝から何も食べてないし、仕方ないでしょ」
「え、そうだったの? 何で?」
「また電車で酔ったらやばいと思って……」
「あー……それじゃ、まずはご飯でも食べてく?」
「ご飯って……どこで?」
「学食で」
「ここの? いいの、そんなことして?」
「一般人でも利用できる大学の食堂は多いよ。まあ、普通は行きづらいでしょうけど。女子高生ふたりなら無問題よ」
「ふたり? 高校生じゃない人ひとりいるけど」
「…………」
戯言を抜かす華蓮の頬を、むにーと引っ張ってやる。
「つべこべ言わない。ほら、行くわよ」
「え、えー……」
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「広っ……こんなに広いの大学の食堂って……」
「いやこれはわたしもびっくり……さすがにこれはこの大学ならではかも」
学食に入ったわたしたちは、その賑わいに圧倒されていた。
何百人分もの座席があり、大変な人だかり。
お昼時に来てしまったせいか、食券を購入する券売機の前にもずらりと行列ができてしまっている。
身長が小さい華蓮は、わたしのコートの裾を握って落ち着かない様子で周りの様子を窺っていた。
「華蓮大丈夫? ほら、もうすぐだよ」
行列ができているとはいえ、食券を買うだけだ。
さほど待つこともなく、すぐに自分の番が回ってきた。
手早く温かいうどんの食券を購入して、注文する場所へと向かう。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
慣れないところで戸惑っているのか、華蓮は食券一枚買うのにも手こずっていた。
初めての場所で、しかも周りはみんな自分よりも年上の大学生。
この状況に委縮してしまっているのだろう。
「もー、華蓮ったら手がかかるんだから。おてて繋ぐ?」
「要らないわよ! ちょっとそこで待ってるだけでいいの!」
苦戦しながらもラーメンの食券を購入した華蓮は、行列を掻き分けてぱたぱたと必死に駆け寄ってきた。
なるほど……娘がいたらこんな気持ちだろうか。
ふたつしか年齢は変わらないはずなのに、謎の母性に目覚めそうである。
「よしよし、偉い偉い。さ、華蓮ちゃん行こうねー」
「なに、バカにしてる?」
「ほら、こっちよー」
「聞いてないし……」
うざそうにする華蓮の手を引っ張って移動し、ふたり並んで食事を受け取る。
うん、普通に美味しそう。
寒いし、早くこのうどんで温まりたいところだ。
そう思い、ふと周りを見渡したとき。
そこで初めて、自分が重大なミスを犯していることに気が付いた。
「……やば」
ふたりで座れるテーブル席が、空いていないのである。
舐めていた……
自分の地元じゃ席が空いていないほど賑わっている飲食店などほぼ無いので、油断していた。
わたしたちは席を確保してから、ひとりずつ食事を受け取りに来るべきだったのだ。
このままどこかが空くのを待っていたのでは、麺が伸びてしまう。
「……ねえ華蓮、誰か座っているテーブルに相席でもいい?」
「嫌! 絶対嫌!」
「……だよね。でもこれじゃあ……」
うどんが乗ったトレーを持ったまま、見回しながら座れそうな場所を探す。
……ちょっとそこの人たち、もう食べ終わっているならどいてくれませんかね?
あ、そこ……いやいや、まさか次の講義までずっとここに居座るつもり?
空の食器を前におしゃべりしている集団を見つける度に心の中で毒づきながら、どんどん奥へと進んで行く。
(……あ! しめた!)
視界の隅で、一番角のテーブルに座っていた人が丁度立ち去ろうとしているのを捉えた。
わたしは小走りでそのテーブルに向かい、まさに先客が去ったその瞬間。
横からトレーを置こうとした。
ゴツッ
「あ」
わたしと同じことを考えていた人がいたのだろう。
テーブルの上でトレー同士がぶつかり、鈍い音がした。
「ごめんなさ……」
全然周りが見えていなかった。
しまった、と思い顔を上げる。
「…………あああああああああ!?」
「は……!? な、なんでここに……」
ぶつかった相手が一歩後退るが、ここは大混雑している食堂。
おまけに両手がトレーで塞がっていては、急に走り出すことなどできない。
そいつは苦虫を嚙み潰したような顔をしながらも、その場から動かなかった。
「まさかこんなに早く会えるなんてね……そんな顔しなくてもいいじゃない」
そこに立っていたのは、かつてわたしたちが戦った鏡の魔法少女。
探し求めていた――紅京香だった。
「そりゃこんな顔にもなるっつーの……あんたのせいでウチは……」
「わたしのせいで……何よ。それはこっちの台詞なんだけど?」
トレーをテーブルに置き、京香に座るよう促す。
「他に席なんて空いてないわよ。そのままずっと突っ立っているつもり? 座ったらどう?」
「……何の用」
「いやあ、ちょっと聞きたいことがあってね。仲良くランチタイムといこうじゃないの」




