黒瀬麻子は乱される
それから数日後。
わたしと華蓮は、ふたりで羽衣姉に会いに行くことにした。
モアがいないので、今回は瞬間移動が使えない。
おとなしく、公共交通機関を使っての移動である。
華蓮がまた乗り物酔いしないか心配だったが、今回はしっかり酔い止めを飲ませていたおかげで大丈夫だったようだ。
「前にも言ったけど、羽衣姉は引きこもりの人見知りだから。初めてわたしの家に来たときみたいに、ガン飛ばさないように」
「そ、そんなことしないし」
「華蓮は目つき鋭いからなあ……羽衣姉怖がっちゃうからね」
「だからしないっての! あのときはその、ナメられたくなかったし……」
「ぷぷ、なにそれ。第一印象完全にヤンキーだったわよ? 芽衣ちゃんですら怖がってたし」
「今じゃ芽衣の方が怖いんだけど……」
「いやそんなこと……」
……あるかもしれない。
魔王の貫禄が出てきたまである。
そんなことを話しながら、わたしたちは羽衣姉の家の前に辿り着いた。
「……んで? 白雪姫には、わたしのことなんて紹介してるわけ?」
「紹介?」
「いや、アポとるときに言ってるんでしょ? わたしも行くって話。変な紹介の仕方、してないでしょうね」
「紹介も何も……アポなしなんだけど」
「はああ!? 大丈夫なの!?」
「大丈夫大丈夫。羽衣姉が家にいないわけないんだから。あと、一応白雪姫の配信が無い日を選んでるし」
「いやそうじゃなくて……いきなり知らない人が来るの嫌でしょ」
「そりゃそうだけど。わたし、羽衣姉の連絡先知らないんだよね。聞きそびれちゃって」
前に再開したときに聞こうと思ってはいたのだが、芽衣と羽衣姉の絡みを見てすっかり頭から抜け落ちていた。
頭の中がふたりのことでいっぱいになっていたのだから仕方がない。
あのあと平静を取り戻して華蓮に連絡するまで、丸二日以上かかったのだ。
「まあ、とりあえず上着着て。寒いから」
「ほんとに大丈夫なんでしょうね……? 不安になってきた……」
「行くわよ」
ピンポーン。
インターホンを鳴らす。
「……あれ?」
ピンポーンピンポーンピンポーン。
連打してみる。
しかし、何の反応も無い。
「……出てこないじゃない」
「ええ? いやいや、羽衣姉が留守なわけが……」
言いながら、ドアノブに手をかける。
「あれ……」
すんなりと開くドア。
冷気は流れ込んでくるが、氷の魔力は感じられない。
エアコンはついている……けれど、前のように氷魔法で家を守っている様子はない。
「鍵……開いてる」
「ちょ……まさか、何かあったんじゃないでしょうね?」
「う、羽衣姉~……?」
静まり返った暗い玄関に、わたしの声だけがむなしく響く。
それでも、返事はない。
(――まさか……)
「う、羽衣姉!」
華蓮に言われたことが頭をよぎる。
良くないことを想像してしまい、慌てて部屋に飛び込んだ。
「…………!」
そこで、わたしが目にした光景は……
全く想定していないものだった。
「……ん?」
相変わらず床にものが散らかった部屋。
その奥にある、大きめのベッド。
その上に、人がいた。
ひとつの布団を一緒に被った、ふたりの人間。
ぼさぼさ頭の髪が長いパジャマ姿の女性と、前髪でほとんど顔が見えない小柄な少女。
それが誰かは、見間違えようがない。
――羽衣姉と芽衣が、ふたりで寝ていたのである。
「……んんん?」
思考が停止する。
なんでこのふたり、仲良く同じベッドで寝息立ててるんだ?
顔、近いんだけど。
後から追いかけてきた華蓮も、遅れてふたりの存在に気が付いた。
「なんだ寝てるだけ……って、なんで芽衣がここにいるのよ?」
「華蓮……」
わたしは黒い闇を纏いながら、ゆっくりふたりに近付いた。
「もう……手遅れだったよ」
「ちょちょちょ! 待ちなさいって!」
「止めないで!」
華蓮が強引にわたしを押さえつける。
離せバカ!
もう手遅れなんだ!
羽衣姉はここで消す!
「ん……なんですか騒がしい……」
ぎゃあぎゃあ騒いでいるわたしたちの声で目を覚ましたのか、芽衣が眠そうに目を擦りながら寝返りを打った。
長い前髪が小さい顔を覆って、まるで人形のようである。
「芽衣ちゃん! これは一体どういうこと!?」
「ふぁ……うう、寒いです……」
「芽・衣・ちゃん!?」
「麻子さん……? いや、どうって……ユキさんの家に遊びに来て……遅くなっちゃったから、お泊りしてただけですけど……」
ふああ、と大きな欠伸をして羽衣姉の胸に顔を埋めるように布団を被る芽衣。
「お、お泊り……? 羽衣姉! ちょっとこっち来なさい!」
「zzz……」
「起きんかい!」
これだけ騒いでも全く目を覚まさない羽衣姉を、ベッドの上でひっくり返す。
「うぁ! な、なに……って、なんで麻子ちゃんいるの?」
「わたしだけじゃないわよ」
クイっと親指で後ろを指す。
わたしの後ろで、華蓮がガンを飛ばしていた。
いいぞ、もっとやれ。
「ひい!? ……だ、誰!?」
「華蓮だけど」
「本当に誰!?」
全く知らない顔がいる状況にパニックになっているのか、慌てて布団を被り防御態勢をとる羽衣姉。
「これが最強の魔法少女で……あの有名なVTuber……? こんなだらしない人に、華奏は憧れてるってこと? ふーん……?」
華蓮がまるでペン回しのように、右手の指先で炎をくるくる回している。
その佇まい、どう見てもヤンキー。
普通に怖すぎる。
初対面で年上相手にこの態度……華蓮も羽衣姉とは違う意味で人付き合い下手である。
「あ、あばあああああ」
今にも消え失せそうなうめき声をあげながら、完全に見えなくなるまで布団にくるまる羽衣姉。
羽衣姉にとっては、一番関わりたくない人種だろう。
「な、な、な、何しに来たんですかぁ……」
「何しにじゃないわよ。わたしも噂の雪女、一度は見ておかないとでしょ」
「い、意味がわかりません……わたし何もしてないです……」
「何もしてないの? 本当に?」
「いや麻子が入ってくると話がややこしくなるから。ちょっと引っ込んでてよ」
「華蓮こそ一回退いてくれる? 今、羽衣姉と大事な話をするところだから」
「はああ? 今はわたしが話してたでしょうが」
「会話になってなかったって。見なさいよこの縮こまった哀れな姿を。ほら、どいたどいた」
「ちょ、待ちなさいっての……!」
「あーっ! もう! うるさいです!!」
芽衣のひと際大きな声が響いた。
「全員! そこに!! 座ってください!!!」
「「「……はい」」」
わたしと、華蓮と、羽衣姉。
初めて三人の息が揃った瞬間である。




