麻子と華蓮の井戸端会議
「はあ……そうですか」
「そうですかじゃないわよ! なんでそんなに冷たい反応なの!?」
わたしの話を聞いて、心底呆れたような表情を見せる華蓮。
思わず声も大きくなるというものである。
「いやそんな反応にもなるわよ。あんたの従姉があの有名な白雪姫ってのはびっくりしたけど。芽衣が大ファンだからって、なんで奪われるって発想になんのよ」
「だって! 芽衣ちゃん、あんなに目を輝かせて! なんか仲良さそうに話してるし!? 芽衣ちゃんには、わたししかいないと思ってたのに……!」
「こわ。メイルのファンも敵に回すような発言ね」
ぷくく、と白い歯を見せて笑う華蓮。
「そりゃご愁傷様。芽衣のやつ、もう白雪姫にぞっこんよ。あんたのことは蚊帳の外でしょうね」
「……………………ぅ」
「泣くなよ!? やりにくいなあ!」
「ぐう……言っておくけどね、華蓮! あなただって他人事じゃないんだからね!」
「完全に他人事なんだけど」
「甘い! 甘いわね華蓮。華奏ちゃんだって羽衣姉……白雪姫のこと好きなんでしょ!?」
「それがなによ」
「それがこんな身近な存在だって知ったら、華奏ちゃんどうなると思う?」
「どうもならないけど。何がどうなるって言うのよ」
「はあ……わからない? 華奏ちゃんだって同じなの。羽衣姉に奪われるのは、一緒ってこと!」
「ないない、そんなこと」
馬鹿にしたように苦笑いする華蓮の手を、がしっと掴んで引き寄せる。
急に手を握られて驚いたのか、華蓮がぎょっとした顔を見せた。
「ちょ、な、なによ」
「華蓮? あなたも、来年からは実家離れて一人暮らしよね?」
「そ、そのつもりだけど」
「つまり、華奏ちゃんとは離れ離れで生活するってことよね」
「……そうね」
「そうなると華奏ちゃん、今よりもひとりの時間が増えるわね」
「そ、そうね……」
「そうなったら、華奏ちゃんが配信を見る時間も増えるでしょ」
「……そう?」
「そうなれば、もっと白雪姫の沼に嵌まるでしょうね」
「……そうなの?」
「そのうちに疎遠になって、華奏ちゃんも姉離れが進んで……」
「……そ……それで」
「そしていずれは……」
顔を近付けて、超至近距離で華蓮の目を見て言ってやる。
「華蓮も……華奏ちゃんに捨てられる」
「い……いやあ!」
わたしの手を払い除けて俯く華蓮。
よしよし。ようやく事の重大性を理解したか。
「そういうことで華蓮。わたしに協力しなさい」
机に肘をついたまま額に手を当てていた華蓮は、俯いたままぽつりと言った。
「白雪羽衣を……消すってことね」
「違う。そうじゃない」
殺す気か。
さすがにそこまでは言ってない。
「羽衣姉に、特定のファンを贔屓するような真似は絶対しないように約束させるのよ。そもそもそれだけ人気のある配信者が、リアルでひとりのファンと仲良くしてるなんて、許されないと思わない?」
「なんか厄介オタクみたいなこと言い出したわね。そんなので解決になる?」
「それはわからない。でもわたし、羽衣姉の活動そのものは応援したいし」
「あれ、意外。芽衣を奪われそうになって、白雪姫憎しじゃなかったの?」
「んー……あの人見知りの羽衣姉が人前に出るような活動をしてるって、信じられないぐらい凄いことなんだよね。応援してあげたい気持ちもあるのよホントは」
「……ふーん。あの人気VTuberがね。そんなイメージないけど」
「いやいや羽衣姉ってホントに凄いんだから。超極端な引きこもり。陰キャの極みみたいなもんよあれは」
「へ、へー……別にいいじゃない。わたしはむしろ共感しちゃうわ」
「ああ、華蓮も友達いないもんね……ってあー! わたしのサンドイッチ!」
一瞬でサンドイッチを黒焦げにされた。
目にも止まらず早業に、闇魔法で防ぐ隙も無い。
こいつ、成長してやがる……
「わたしはあえてそうしてるのよ。あえてね」
「わかったからサンドイッチ燃やさないでよ。あーあ、どうすんのこれ」
「食べれないことないでしょ」
そう言いながら、比較的無事なサンドイッチを勝手につまんで口に放り込む華蓮。
このクソガキ……
「でもさ、それって天職を見つけたとも言えるわよね。人見知りでも、顔出ししないでたくさんの人を楽しませることができる……それって凄い才能なんじゃない?」
「才能……才能か」
確かに華蓮の言うとおりだ。
何万人もの人を楽しませる……わたしにはできないことを、羽衣姉はやっている。
それだけ人を惹きつけているのは、羽衣姉の人柄に他ならない。
「それで、思ったんだけど。そんなにファンを抱えて大成功している人なら、言うまでもなく特定のファンだけ贔屓するようなことしないんじゃない?」
「……そっか……そうだよね?」
「そう思うけど。でも、わたしも白雪姫とは会っておきたいわね。華奏が騙されてないか、一目見ておかないと」
そう言うと、華蓮は残っているジンジャーエールを一気に喉に流し込んだ。
下着まで放置してある散らかった部屋に、よれよれのパジャマを着た羽衣姉を見たら華蓮はどんな反応をするんだろう。
……ちょっと見てみたい。
一目ヤンキーの華蓮と、ゆるゆるふわふわな羽衣姉。
このふたりの出会い、絶対面白い……
「……あ、華蓮。頬にケチャップついてる」
「え、うそ」
「ほら、そこそこ」
手鏡を使って場所を示そうとすると、華蓮がふいと視線を逸らした。
「……どしたの?」
「あ、いやなんでも。気にしないで」
そう言うと、華蓮はテーブルにあったナフキンで頬をごしごし拭き始めた。
明らかに不自然な反応。
わたしの手……というより、手鏡を避けたように見えた。
それって……
「……ひょっとして……鏡が怖いの?」
「…………っ」
「もしかして……あのときから、ずっと?」
「いや……怖いってほどじゃないけど。なんか意識しちゃうのよね」
たははと笑う華蓮を見て、少し胸が苦しくなる。
こんなの、わたしじゃなくてもすぐにわかる。
華蓮、無理してるんだ。
「……わたし相手に強がることないでしょ」
ぴた、と華蓮の手が止まる。
笑っていた華蓮の表情が、少し曇った。
「実は……ね。情けない話だけど。鏡を見ると、ブルっちゃうの」
「……華蓮……」
無理もない。
華蓮は、鏡魔法に殺されかけた経験がある。
あのとき、わたしの闇魔法が間に合ったからよかったものの……そうじゃなかったら、どうなっていたことか。
そんな素振り見せていなかったが、鏡にトラウマを持っていても不思議ではない。
今まで気付けなかったのが、心苦しいぐらいだ。
(……あの雷の子が言ってたこと……もっと気にするべき? 鏡の魔法少女、紅京香が今どこで何をしているのか、わたしたちは何もわからないんだし……)
「さ、もう話は済んだでしょ。行くわよ」
「え、あ……うん、行こっか」
ツインテールを揺らしながら先を歩く華蓮の小さな背中を見て、思う。
華蓮には……もう闘ってほしくないな、と。




