アストラルホールの女神様
「わたしがここの城主。皆からは、『女神』……そう呼ばれている者です」
「なっ……」
(いつからそこに!? 全く気配が感じられなかった……!)
一度そのシルエットを視認してしまえば、気付かなかったのが不思議なぐらいだ。
声が通る距離にいるにも関わらず、気配どころか、存在感まで……声をかけられるその瞬間まで、全く何も感じなかった。
まるで、存在自体が「無」のように。
影が薄いとか、そういう話ではない。
声をかけられるその瞬間まで、本当に何も感じなかったのだ。
(この人が、モアが言ってた女神様? ……本当に?)
カーテンに遮られて顔は見えないが、そのシルエットはわたしよりも小さい。
芽衣と同じぐらいだろうか。
だとすればかなり小柄だ。
しかし、高くて可愛らしい声とは裏腹に、大人の気品を感じられる話し方。
声だけを聞くと、雰囲気はあるように感じる。
(でも……だとしたらおかしくない?)
モアは、女神のことを凄い偉い人のように話していた。
それならば、女神を護衛するための側近でもいそうなものだが……ここには誰もいない。
実際、モアやモストは女神に仕える神官だ。
しかし今、女神の周りに誰かがいる様子はない。
芽衣も怪訝に思ったのだろうか、わたしの隣に来るとそっと耳打ちしてきた。
「……あの人が、女神様なんですか?」
「そうみたい、だね」
「……そう、ですか」
芽衣は何を思ったのだろうか、一歩踏み出してカーテンに近付いた。
……何をするつもりだろう。
「あの。姿を見せることはできないんですか?」
芽衣の声色から、若干の怒りを感じる。
その手には、ひゅんひゅんと風が纏っていた。
……ちょっと待って。
まさか、カーテンを風で吹き飛ばすつもり?
怒っている今の芽衣じゃ、女神にも手を出しかねない。
その行為は、この世界に喧嘩を売ることに等しい気がする。
そうなれば、いよいよわたしたちは最悪の敵認定だろう。
「申し訳ありません。外部の者には、姿を見せないようにしているので……どうか、ご無礼をお許しください」
わたしが芽衣を止める前に、冷静な声で制止された。
……う。
どうしてだろう。
謝罪の言葉なのに、下手に手を出してはいけない――そんな気持ちにさせられる。
落ち着いた声に秘められた、静かな圧。
魔王になった芽衣や、ミラージュの京香……強力な魔力を持つ人とはこれまでも対面してきたが、そのどれとも違う感覚。
芽衣もいつの間にか、手に纏っていた風を鎮めていた。
(とはいえ……急に呼び出しておいて、姿を見せないのもどうかと思うけど……ね)
それはつまり、わたしたちを信用していないってことじゃない?
それとも何か、姿を見せられない理由でもあるのだろうか?
とにかく今は、妙なことはしない方がよさそうだ。
「まずは、先の件を謝罪させてください。あなたたちには、大変なご迷惑をおかけしてしまったようで」
「先の件って……もしかしてモストのこと、ですか?」
「そうです。彼なりの考えあっての行動でしたが……それが無鉄砲な行動であったことは、重々承知しております。本当に……申し訳ありません」
「えーっと……それはつまり、ミラージュの騒動はモストの独断だった……ってことですか?」
「……ええ、そうです」
静かな肯定。
……本当に?
モストの動機は、女神への忠誠心と、モアに対する対抗心……わたしはそう思っている。
だから、モストの独断というのも理解はできる。
しかし、どうにも怪しい。
たとえ最初はそうであっても、あれだけの人数の魔法少女を巻き込んだ事件だ。
最期まで、誰も気に留めないなんてことがあるのだろうか?
なんだか、段々不安になってきた。
やっぱりわたしたちがここに呼ばれたのって、何か裏があるんじゃ……?
「ね、芽衣ちゃん……芽衣ちゃん?」
芽衣がどう思っているのかを聞こうとしたが、何やら顔をしかめて考え込んでいた。
「どしたの? そんな難しい顔して」
「あ、いや……女神様の声、聞き覚えがあって……でも、どこで聞いたのか思い出せなくて」
「え?」
「いえ、勘違いかもしれません。でも、凄い違和感があって仕方ないんですよね……この声が、何故か気味悪く感じてしまうような……何かが間違っているような……ううう」
芽衣が疑いの目をカーテンの向こう側にあるシルエットに向ける。
……そう言われても、わたしには全く聞き覚えがない。
気味が悪いと言うが、どちらかと言えば心地の良い声だ。
違和感? なんだろう?
強いて言えば、百年以上生きている割には随分幼い声ってことぐらいだが……
「あの……本題に入ってもよろしいですか?」
「あ、はい……って、本題?」
女神の『本題』という言葉に、思わず姿勢を正す。
「そうです。今回、あなたたちを呼んだのは……わたしにかけられている『呪い』に関係があります」
「『呪い』?」
「そうです。実はわたしは……『不死の呪い』にかかっているのです」




