Sランクin女神城
「あーあー……まさかこんな強引に飛ばされるとはね」
覚えのある浮遊感も束の間、わたしたちは三人揃って大広間のソファに座っていた。
もうこれで三回目。
異世界移動も慣れたものである。
わたしはわざとらしくため息をつくと、首を鳴らしながら立ち上がった。
「モア? 出てきなさいよ、あなたの仕業でしょ」
腰に手を当ててきょろきょろと辺りを見渡す。
しかし、その姿が見えない。
それどころかこの広間、結構な広さにもかかわらず、わたしたち三人以外には誰も見当たらなかった。
(……あれ? てっきり憎まれ口叩きながら出てくると思ったのに。もしかして……モアの仕業じゃない?)
「なに!? なになに!? どういうこと!? ここどこ!?」
羽衣姉が狼狽した声を上げた。
無理もない。
羽衣姉にとって、異世界移動は初めての経験だろう。
突然見覚えのない世界に飛ばされれば、こうなるのは当然である。
だらしないパジャマ姿で裸足のまま、布団の上であたふたしていた。
……っていうか、その布団まで一緒に飛ばされてきたんだ。
よっぽど強く握りしめていたらしい。
布団を抱きしめながら異世界に飛ばされてくるのは、羽衣姉ぐらいのものだろう。
「あああああ! 一体なんなんですかもう!」
一方で声を荒げているのは芽衣である。
モアを吹き飛ばしてまで羽衣姉との時間を作ろうとしたのに、こんな邪魔が入って完全にご立腹の様子だ。
長い前髪が風でゆらゆら揺れて、黒い瘴気が漏れている。
「ちょ、ふたりとも落ち着いて。ここ……モアが言ってた、女神城じゃないかな」
満点の星が描かれている、アーチ状の天井。
装飾豊かな食器棚やテーブルが、貴族の暮らしを彷彿とさせる。
どう見ても、この世界の偉い人が住んでいるところであることは間違いない。
白い立派なカーテンがかかった巨大な出入り口が四方にあるということは、この大広間が城の中心部なのだろう。
でも、そうだとしたら誰もいないなんて……どうすればいいのよこれ。
普通、こういうのってお迎えしてくれるものじゃないの?
それともやっぱり、わたしたちって歓迎されていない……?
だとしたら、警戒した方がいいのだろうか?
急にあの白いカーテンの向こうから敵がわらわら現れて、取り囲まれたりして……
そう思うと、少し不安になってきた。
「ねね、羽衣姉……」
羽衣姉に声をかけようとソファの方を見ると、すっかり布団を被って縮こまっていた。
半分しか見えない顔に、汗をびっしょりかいている。
……相当暑そうだ。
それでも姿を隠したいのか、布団を握りしめたまま離そうとはしなかった。
「ふー、ふー……早く……早く家に……」
「羽衣姉……布団、離したら? 暑いんでしょ?」
「やだ……だって……怖い……」
「あー……早く涼しい自分の部屋に戻りたいよね、ちょっと待ってて」
本気で羽衣姉の顔色が悪い。
全く頼りないが、それ以上に心配。
最強の魔法少女って言われていたのに、これじゃ魔獣にすらぼこぼこにされそうである。
わたしが不安がっている余裕は無さそうだ。
(全く、何だってこんな誰もいないところに……)
部屋に何か無いものかと、歩きながら見て回る。
西洋甲冑にシャンデリア、流れ星が煌めいている動く壁画……
さすがは異世界の城。
魔法の世界が舞台の映画で見るような世界、そのものだ。
「……ん? なんだろ、あれ……?」
部屋の片隅で、何かがふよふよ浮いている。
透き通った綺麗な塊。
こちらに向かってくる気配はない。
ただ無作為に、部屋の中を動いている。
生き物ではなさそうだ。
「……これ……水?」
宇宙空間で、こんな風に水が塊となって浮遊しているのをテレビで見たことがある。
これも魔法?
ってことは、水属性の魔法とか……?
「…………」
これ、勝手に触ったら怒られるのだろうか。
つついたら、ばしゃっと弾けて床に零れたりする?
「……ちょっとだけ……」
そーっと指を近付けてみる。
その塊に、指が触れた瞬間だった。
『手荒な真似をお許しください、黒瀬様』
「ひ!?」
周りには誰もいなかった。
そのはずである。
それなのに、急に耳を撫でられたような声に襲われ悲鳴が漏れる。
同時に水の塊が弾け、綺麗な赤いカーペットがびしょ濡れになってしまった。
「あ、あああ!」
「何やってるんですか麻子さん。急に大声出したりして」
「め、芽衣ちゃん……いやそんなつもりはなくて……ってか今の声、何!? どこから!?」
「声……?」
「こちらです。風の魔法少女、源芽衣様。氷の魔法少女、白雪羽衣様。そして……闇の魔法少女、黒瀬麻子様」
いつの間にか、正面の白く眩いカーテンの向こう側に人影が見えた。
「だ、誰……?」
「わたしがここの城主。皆からは、『女神』……そう呼ばれている者です」




