黒瀬麻子は危惧を抱く
白金ユキ――通称『白雪姫』。
大手VTuber事務所『オリジナルプロダクション』、略して『オリプロ』に所属するVTuberである。
その3Dモデルは、簡単に言えば美人で巨乳なエロいお姉さん。
コミュ障丸出しのくせに頓珍漢な話が面白いキャラクター性から、あっという間に人気を得た。
オリプロの知名度と外見の良さも相まって、今ではトップクラスの人気を誇っている。
配信内容は健全ではあるものの、艶めかしいASMR配信でマニアックな支持も集めているというから侮れない。
そんなネットで話題を集めている有名人の中の人は――
わたしのよく知っている従姉だった。
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「羽衣姉……まさか羽衣姉がそんなところで有名になっていたとは」
スマホで『白金ユキ』のチャンネルをスクロールしながら、羽衣姉と白金ユキの顔を見比べる。
羽衣姉は、人前に出たがるようなタイプじゃない。
むしろ目立つことを嫌うタイプ……だったはずだ。
そんな羽衣姉がこんな目立つ活動をしていて、しかも人気を集めている。
どんな心境の変化があったのか知らないが、正直信じがたい。
「いや、違くて……いや、違わないんだけど……」
布団をぎゅっと握りしめたまま、羽衣姉の目が泳いでいる。
「わたしも後でアーカイブ見てみるよ。何見るといい?」
「ダメ! 麻子ちゃんはダメ!」
「なんでよ?」
「だ、だって恥ずかしいし」
「見られて恥ずかしいような配信内容なの?」
「はぅ」
またも布団を被って見えなくなってしまった。
相当恥ずかしいらしい。
……仕方ない、帰ってからアーカイブを余すことなく拝ませてもらうことにしよう。
もしかしたら共感性羞恥でわたしも死んでしまうかもしれないが、それでも見たい。
「それにしても凄いです! 中の人もイメージどおりで! えっちな大人のお姉さんって雰囲気なのに、陰キャ全開ってところが!」
「ぁ、ああ」
布団の中から羽衣姉が悲痛な声を漏らす。
女子中学生に好き放題言われてるぞ羽衣姉。
メンタル大丈夫かな?
でも、それより気になるのは芽衣の方だ。
羽衣姉を前にして、明らかにテンションが高い。
わたしはひとつ咳払いをすると、芽衣の肩をつついた。
「えーっと……芽衣ちゃんがわたしに付いてきたのは、羽衣姉が白雪姫の中の人ってことを確かめるためだったんだよね?」
「え……それは、まあ……」
「なんでそう思ったの?」
「え?」
「だって……いくら何でも、『白雪』って苗字だから白雪姫の中の人、なんて発想にはならないよね。芽衣ちゃんは、羽衣姉の声すら聞いたことなかったはずだし……」
「…………」
「それに、さっき源社長って……」
「……それは……」
今度は芽衣の目が泳いでいる。
何て言えばいいのか、迷っている様子だ。
わたしは黙ってスマホを取り出すと、オリプロの公式ホームページを検索した。
「あ、ちょ……!」
芽衣がわたしのスマホに手を伸ばしてきたが、躱しながら検索を続ける。
「……オリプロ……社長……あ」
オリジナルプロダクション社長――源正義。
ちゃんと公式ホームページに、社長の名前が掲載されていた。
オリジナルは独創的という意味のほかに、根源、起源という意味でも使われる。
オリプロの名前は、社長の名前から連想してつけられたものなのだろう。
そして、この苗字の一致はさすがに無視できない。
「つまり、オリプロの社長……この人が、芽衣ちゃんのお父さん……ってこと?」
「…………はい」
芽衣が複雑そうな顔をして言った。
「身内のことを知られるのは恥ずかしくて、秘密にしていましたが……まあ……そういうことです」
「はー……そんな凄い人だったんだ。え、じゃあ何で芽衣ちゃんは個人勢で活動を……」
言いかけて、しまった、と思った。
初めて芽衣に会った頃、モアに芽衣の父親のことを少しだけ聞いたことを思い出す。
芽衣の父親は忙しくて、いつもひとりでいることが多い……モアはそう言っていた。
だから正直、芽衣の父親に良い印象は無い。
社長令嬢となればあの豪華な住まいにも納得だが、そのせいで芽衣が孤独な思いをしていたことは事実だ。
だから、芽衣が事務所に所属することなく個人で活動しているのは、父親との確執があるからでは……そう思ったのだ。
「だって事務所に所属したらコラボ配信めちゃくちゃしないといけないんですよ!? 絶対嫌です。無理です。苦行です」
全然違った。
人見知りらしい理由だった。
割と安心できる理由である。
「そ、そっか。それじゃ、羽衣姉のことはそれで?」
「以前、オリプロ所属の人たちの実名を見たことがあって……『白雪羽衣』さんの名前を、見たことがあるような気がして……それで」
「だから知ってたんだ……ん? それはわかったけど……何で今日はそこまでして白雪姫に会いたかったの?」
「え」
「だって芽衣ちゃん、らしくないっていうか」
「そ、それは……」
ちらちらと羽衣姉の方を見ながらもじもじしている芽衣。
あれ……なんだろうこれ。
嫌な予感しかしない。
この反応……まさか。
「芽衣ちゃん、羽衣姉のことが……その、白雪姫のことが……好き、なの?」
こくこく。
確かに首を縦に振った。
ぐらりと眩暈がする。
わたしは……己惚れていた。
今の今まで、芽衣にはわたししかいないと思っていた。
だって、芽衣を救い出したのはわたしだから。
だから芽衣は、わたしのことを好いてくれていると確信していた。
しかし、芽衣のこの反応。
間違いない。
この子、白雪姫の――大ファンである。
このままでは……まずい。
「え、こんな小さい女の子も見てくれてたんだ……嬉しい」
いつの間にか、布団を被っていた羽衣姉が完全に顔を出していた。
「!!! ユ、ユキさん……!」
まずい。
まずいぞこの流れ。
芽衣は今、目の前にいる羽衣姉……いや、白金ユキの魂に心を奪われている。
このままだと、わたしの立つ瀬がない。
「あ、あのさ! ちょっといい?」
「? どうしたの、麻子ちゃん」
「えーっと、えーっと……とりあえず、羽衣姉はわたしたちの味方ってことでいいんだよね?」
なんとかして話題を魔法少女の話に戻そうとする。
VTuberの話に加わろうにも、わたしは芽衣――メイルたんのことしかよく知らない。
ふたりで盛り上がられても空しいだけだ。
話についていけない。
「そもそも敵になった覚えはないんだけど……もしかして、何か炎上するようなことしちゃってた……? はっ、まさか身バレとか!?」
「違うっつーの! そうじゃなくて、魔法少女としての話!」
「魔法少女としてって……わたし、麻子ちゃんたちと戦うつもりなんて全くないよ……?」
「そ、それなら良し。もう、そそのかされることもないわね。全く、モアのやつも人騒がせなんだから」
「人騒がせ? 慎重と言ってほしいぽんね」
「ひいいいいいいいい!」
羽衣姉がまたしても悲鳴をあげながら布団に籠った。
突然のことだから無理もないが、わたしはもう慣れている。
「……モア。何で入れたのよ?」
「呑気ぽんね。氷結の防御魔法、完全に解けてるぽんよ。どうやら、すっかり打ち解けているみたいぽんね」
「あらま。だからって、急に入ってこないでよ。羽衣姉びっくりじゃん」
「こっちにも事情があるんだぽん。ぼく自身も混乱しているぽんが」
モアは珍しく神妙な面持ちで、こう続けた。
「女神様から呼ばれてるんだぽん。キミたちSランク魔法少女三人が……一緒に女神城まで来てもらうぽん」




