白雪羽衣は拒絶する
「そんなことがあったんだ……大変だったんだねぇ、麻子ちゃん」
「そうなの! ……って! 何のんきにチーズ食べてんのよ!」
「あ、ごめん……麻子ちゃんもいる?」
「……いや、いい」
一体いつの間に取り出したのか、ベッドの上に座りながらもそもそとおつまみのチーズを食べていた。
あれ……羽衣姉、もしかしてお酒飲むのかな?
わたしはまだギリギリ未成年なので、お酒やおつまみの知識はない。
正直言って、羽衣姉の食べているものが美味しそうには見えなかった。
「もー……マイペースすぎでしょ。他人事じゃないんだから。羽衣姉、強いんならこっちの戦力になってくれればよかったのに」
「そ、そんなの無理だよ」
「そんなデタラメな魔力持っててよく言うわよ。羽衣姉、強いんだって」
「そんなこと言われても……」
語尾が強くなったわたしの声を聴いて、羽衣姉がしゅんと俯く。
「あ、いや責めてるわけじゃないんだけどね。でもホントに大変だったんだから。下手したら、羽衣姉も巻き込まれてたんだよ?」
「そ、そうだよね……夏じゃなかったら、付いて行ってたかも」
「……付いていってた? 誰に?」
「魔法の世界の子……口ひげを携えた、低い声の」
「…………!」
――モストだ。
やっぱりあいつは、羽衣姉の魔力を利用しようと接近していたんだ。
「あの子、『悪の魔法少女がいるから君の力が必要』って言ってて……知らなかったら、麻子ちゃんたちと戦う羽目になってたかもだよ」
「悪の魔法少女ぉ? あいつ、テキトーなことを……」
モストのやつ……完全にわたしたちを悪役に仕立て上げて、ミラージュの魔法少女たちを差し向けるつもりだったな。
もし、羽衣姉に悪意が無くてもその力を利用されていたら……
その魔力を、芽衣や華蓮に向けられていたら……
そう思うと、胸がざわつく。
「羽衣姉は……そのひげのやつと出会って、魔法少女になったの?」
「ううん、違うよ。別の子なんだけど、その子はわたしが怒らせちゃったみたいで。来なくなっちゃった」
「お、怒らせた? 何やらかしたのよ」
「なんか、魔法の属性を知るための宝玉……? みたいなものを壊しちゃって……そしたらその子、慌てたように出て行っちゃって……きっと大切なものだったのに、わたしがよくわからないで力を込めたりしたから……」
「………へ、へー……」
それは多分、怒って出て行ったんじゃなくて、恐れおののいて出て行ったんじゃないかな……
羽衣姉が言っているのは、『珠玉審判』で使うあの水晶玉のことだろう。
水晶玉は、込める魔力が強ければ強いほど色濃く変わる……確かモアは、そう言っていた。
それを壊すって……どんだけ規格外の魔力なのよっていう話。
そりゃやばい魔法少女だと思われるよね。
それで、モアたちの間にも噂が広まってしまったのだろう。
「どうしようどうしようって思ってたら、しばらくしてそのひげの子が来て……色々言われているうちに、どうすればいいのかわからなくなっちゃって……」
羽衣姉が指を絡めて両手を組むと、その指先に氷の結晶が輝き始めた。
上着を羽織っているのに鳥肌が立ち、思わず腕を擦る。
「ちょ……魔力出てる出てる。羽衣姉、さては魔法制御できてないわね?」
「よくわかんないよ……何だか怖くなっちゃって、変な気配がしたら全部追い返すようにはしてたんだけど……」
よくわからない……?
そんな状態であれだけの魔力を練っていた……そう考えると恐ろしいが、莫大な魔力もコントロールできなければ宝の持ち腐れである。
もし羽衣姉が華蓮並みに魔力を使いこなすようになったら、わたしや芽衣をも上回る魔法少女になってしまうだろう。
「それで家に近付いただけで凍るような魔力が出ていたのね……さっきも、モアと芽衣ちゃんがびびってたよ」
「その、モアとか芽衣ちゃんっていうのは……誰なの?」
「んー、モアっていうのはわたしを魔法少女に引きずり込んだぬいぐるみもどき。芽衣ちゃんは……魔王の力を持っている、魔法少女だよ」
「……え!? そんな危ない人が来てるの!?」
羽衣姉が取り乱したように布団を被って縮こまった。
「ちょちょ、落ち着いて。大丈夫、むしろ羽衣姉とは気が合うと思うよ。芽衣ちゃんも人見知りで、おとなしい子だから」
「そ、そうなの?」
「……うん」
嘘は言っていない。
たまにヘラるけど、というのは言わずに黙っておくことにした。
何が羽衣姉の心の扉を閉めてしまうかわからない。
芽衣が魔王の力を持っている経緯を知ったりしたら……羽衣姉は、芽衣のことを拒絶し兼ねない。
「ということで、ちょっと入れてあげて? 芽衣ちゃん、どうも羽衣姉と会いたがってるみたいだから」
「な、なんで? わたしそんな子知らない……」
「……やっぱ知り合いってわけじゃないんだ? それがわたしにもわからないから、会ってほしいんだよね」
「い、いや……」
「どうしても……だめ?」
「う、うう……」
布団をさらに抱え込み、顔が半分しか見えないほどにくるまってしまった。
うーん。この調子じゃ、難しいかもしれないな……
いきなり対面で会うんじゃなくて、ラインとかでやりとりしてみて……
慣れてきたら、通話で話してみて……
それから……
ガチャ
玄関の方から音が聞こえた。
思わず羽衣姉と顔を合わせて、静まり返る。
「……今、音した?」
「……したと、思う」
「あれ? わたし、鍵かけなかったっけ?」
「いや、麻子ちゃんかけてくれてたと思うんだけど……」
「だ、だよね……?」
そう言っている間にも、ゆっくり足音が近付いている。
どうやって入ってきたのかはわからない。
でも今、ここに近付いているのは……間違いない。
「ちょ、芽衣ちゃん……待って……!」
立ち上がって部屋を出ようとしたが、間に合わなかった。
「麻子さんっっっ!」
おおう。
遅かった。
「ひ、ひいいいいいいいいい!」
羽衣姉の悲鳴が部屋に響く。
「さすがに! 待たせすぎです! 暑すぎです! 電話にも出ないし! もうこれ以上は……って、寒い! なんですかこの部屋!?」
慌てて芽衣が上着を羽織る。
「お、落ち着いて芽衣ちゃん……待たせすぎたのは悪かったけど、今ので完全に羽衣姉は閉じこもっちゃったよ」
「……え? あれ? どこにいるんです?」
「そこそこ」
ベッドの上で、布団をかぶりすっかり姿を隠した塊を指さす。
「ひいいいいい…………」
「あ、そ、その……ご、ごめんなさい。入れたのでつい」
「……鍵……かかってたよね?」
「かかってなかったですよ」
「え、あれ? かけたと思ったんだけど」
「かかってなかったです」
「いやでも確かに」
「かかってなかったです」
「…………そ、そっか。勘違いしてたかな」
そういうことにしておこう。
鍵がかかっていたとしたら、どうやって開錠したのか考えるのは恐ろしい。
多分、犯罪。
「えっと……羽衣姉。芽衣ちゃんに危険はないから大丈夫。とりあえず……紹介しても、いい?」
「…………………よくない」
芽衣に危険はない――その言葉に、全く説得力が無かった。
……先が……思いやられる。




