雪女の白い家②
「開いてる……わけないか。……だったら……」
しっかり鍵のかかった扉の前で、身体に纏っていた闇を静かに足元へ動かしていく。
(扉の下……ほんの数ミリでも、隙間さえあれば……)
「えっ。な、なにしてるんですか?」
「いいからいいから。静かに……」
わたしは口に人差し指を当てると、足元に気持ちを集中させ、家の中に闇を流し込み始めた。
(羽衣姉~いるんでしょ? 出てこ~い……)
いきなり得体の知れない暗闇が家に入り込んできたら、普通の人間だったら慌てて出てくるだろう。
しかし、羽衣姉の場合は少し事情が違う。
そんなことで簡単に家から出てくる相手ではない。
それでも何とか家主を引きずり出そうと暗闇を動かしていると、芽衣が口を開いた。
「なんか……冷たくないですか?」
「えっ?」
「足元に……冷たい空気が当たっているような……これ……この家からですよね?」
「言われてみれば……」
確かに感じる。
明らかに、自然に発生しているものではない。
まるでわたしの闇に対抗するように、この家から冷気が流れ込んできているのだ。
「氷魔法……ってことね」
どうやら、意地でも出てくる気はないらしい。
こうなったら、根競べだ。
わたしは冷気を闇魔法で打ち消そうと、更に『黒幕』を増幅させた。
――しかし。
「……あれ? この冷気……消せない」
闇魔法なら、氷魔法にも対抗できる。
それは、この家にこうして近付けていることから立証済みだ。
しかし今、この家から流れ込んできている冷気に、わたしの闇は全くの無力だった。
「消せないって……まさか、闇魔法でも無効化できないほどの魔力を……!?」
「……いや、これは……」
わたしはしゃがみ込むと、扉の下に手を近付けた。
「麻子さん! 危ないですよ!」
「ううん、大丈夫。闇魔法で無効化できないのは……この冷気が、氷魔法によるものじゃないってことだよ」
「……えっ?」
わたしは、ここで確信した。
外にまで漏れ出すほどの冷たい空気。
それは、氷魔法によるものなんかじゃない。
だったらこれは何なのか。
もっと単純な話である。
この冷気は――ただの『冷房器具』によるものなんだ。
家の中は、相当冷えているに違いない。
だとしたら……やっぱり、この家の中にいるのはわたしの知っている羽衣姉だ。
「羽衣姉! いるんでしょ! わたし! 麻子! 開けてー!」
ドンドンドンと扉を乱暴に叩く。
「ちょ、ちょ……大丈夫なんですか!?」
「大丈夫大丈夫。やっぱり間違いないよ。中にいるのは、わたしの従姉の羽衣姉だから」
「それじゃ、もしかして……」
芽衣が何かを言いかけたとき、扉の向こうで鍵を開ける音が聞こえた。
同時に、指が一本入るぐらいの、ほんの僅かな隙間が開く。
「羽衣姉!?」
「……麻子、ちゃん?」
ぽわぽわとした、掴みどころのない柔らかい声。
しかしそんな可愛らしい声と同時に、思わず顔をしかめるほどの冷気が顔に直撃した。
「っく、寒っ……! う、羽衣姉……久しぶり」
「え、うそ……本物?」
「本物だって。本物の黒瀬麻子。急な訪問で悪いけど……入れてもらえない? 話があるの」
「………」
数秒の沈黙の後、扉が更にほんの少し開く。
「麻子ちゃんなら……いいけど……っ!?」
何とか腕が入るぐらいの隙間が開いたところで、羽衣姉の声色が裏返った。
わたしの後ろにもうひとり、芽衣がいることに気が付いたらしい。
バタン!
勢いよく扉は閉められてしまった。
「……え? え? ど、どういうことですか?」
「あちゃー……こりゃ、良くなるどころか悪くなっているわね」
閉め切られた扉の前で、思わず苦笑いを浮かべた。
「羽衣姉はね……引きこもりの人見知りなの。華蓮や芽衣ちゃんとは、比べものにならないほどのね」




