インターホン×100
『ピンポーン』
「……んあ」
静まり返った部屋に無機質な音が響き、目を覚ます。
目は確かに開いたのだが、意識が全く起きていない。
インターホンが鳴ったという事象を認識しながらも、身体は動かなかった。
(…………ねむい…………)
聞かなかったことにして、そのまま瞼を閉じた。
『ピンポーンピンポーンピンポーン』
ぴくりともベッドから動かないわたしをせっつくかのように、インターホンの音が容赦なく鳴り響く。
普通の来客なら、こんな鳴らし方はしないだろう。
居留守を使うわたしも悪いが、こんな鳴らし方をする方も大概である。
「んぐ……何なの……?」
寝ぼけ眼を擦りながら時計を見る。
時刻は夕方、午後五時。
瑠奈が帰ったあと、いつの間にかそのまま眠ってしまっていたらしい。
もう、モアが来てもおかしくない時間だ。
しかし繰り返しになるが、モアは律儀にインターホンを押して入ってくるようなやつじゃない。
あいつは勝手に部屋に入ってくるのである。
モアなら勝手に冷蔵庫を荒らしてくつろいでいるだろう。
『ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン』
「……だああああ! なに!?」
鳴りやまぬインターホンに思わず飛び起きる。
こんなことされたら全く眠れない。
文句のひとつも言いたいところだが、ここまで躊躇なく連打するのは正直怖い。
いくら出てこないからって、こんなにインターホンを鳴らすだろうか?
これだけ鳴らしても出てこなかったら、普通は不在だと思って帰るだろう。
(……まさか……京香じゃないでしょうね……?)
玄関の方を見て、ごくりと唾を飲む。
不用意に開けると、何が起きるかわからない。
わたしは足音を立てないように、そっと玄関に近付いた。
『ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン』
もはやこっちの都合などお構いなしだ。
扉を開けるまで、絶対にやめないという強い意志を感じる。
これだけインターホンを鳴らされるのは、もはや恐怖だ。
首筋を一筋の汗が垂れるのを感じながら、わたしは覗き穴から外の様子を見た。
「…………え?」
思わず気の抜けた声が漏れた。
そこに立っていたのは、予想外の人物。
しかし、さっきの瑠奈とは違う意味での予想外である。
今度の来客は、よく見知った人物。
わたしはすぐに鍵を開けると、勢いよく扉を開けた。
「芽衣ちゃーん!」
「あ痛!」
「あ……ごめん」
あまりにも勢いよく扉を開けたせいで、ぶつけてしまった。
おでこを抑えて、小さな女の子が蹲る。
「だ、大丈夫?」
「いたた……なんですぐ出てくれないんですか、麻子さん」
そう言いながら、制服に身を包んだ芽衣がゆっくり立ち上がった。
学校帰りなのだろう、白いブラウスが眩しい。
長い前髪に隠れたおでこを擦りながらわたしを見上げるその姿は、思わず抱きしめたくなる可愛さである。
「いや、寝ちゃってて……じゃ、なくて。なんで芽衣ちゃんがここにいるの?」
芽衣ちゃん――源芽衣は、風の魔法少女だ。
その身に闇の魔王の力を宿した、Sランクの魔法少女。
そんな芽衣は、東京の中学校に通う三年生である。
つまり、この町から遠く離れたところに住んでいるということだ。
その芽衣が、今ここにいるということは……
「や、麻子。相変わらず元気そうぽんね」
芽衣のすぐ後ろから、ふわりとモアが現れた。
「モア……何で芽衣ちゃんも一緒なわけ?」
「そんなのぼくが聞きたいぽん。ぼくが連れてきたわけじゃないんだから」
「はあ? じゃ、どうやってここに来たっていうのよ。モアがいないと、東京からここまで簡単に来れないでしょ」
「あれ、麻子は知らないぽん? 芽衣はぼくがいなくても、瞬間移動できるんだぽん」
「……へ?」
思わず芽衣の方を見ると、芽衣がパチンと指を鳴らして見せた。
「ゴンザレス二世!」
「みい!」
芽衣のすぐ隣で空間が黒く歪み、真っ黒な猫のような可愛い生物が飛び出した。
……どう見ても魔獣である。
「……え、どういうこと? 全然理解できないんだけど」
「芽衣は魔獣の力を借りてアストラルホールを経由することで、瞬間移動紛いのことができるんだぽん。華蓮がモストに襲われたときは、役に立ったらしいぽんね」
「はー……いつの間にそんなことが。そりゃ便利な能力ね」
魔獣の力を借りて、というのは魔王らしくてどうかと思うが……まあ、見た感じこの魔獣は芽衣に懐いているようだ。
芽衣の頭の上に乗って、完全にくつろいでいる。
役に立ったことがあるというのなら、このまま有効活用するべきだろう。
「ところで、さっきのゴンザレス二世っていうのは……?」
「この子の名前ですよ。可愛いですよね、華蓮さんも可愛いって言ってました」
「…………」
「あれ? 何か言いたげですね」
「……わたしがもうちょっと良い名前、考えてあげようか?」
「何を言うんですか! この子はゴンザレス二世です! ゴンザレス二世もゴンザレス二世を気に入っているんですから!」
「そ、そうなんだ」
ゴンザレス二世という謎の言葉を連呼されて、頭がおかしくなってきた。
その名前で呼ばれた魔獣は、達観した顔で静かに頷いた。
……なるほど。ゴンザレス二世。お前は死ぬまで、ゴンザレス二世だ。
もう改名は認められないだろう。
って、いやいや。そういう話をしたかったんじゃなくて。
わたしは芽衣の肩を掴むと、顔を近付けた。
「芽衣ちゃん? なんで芽衣ちゃんも来ちゃったの?」
「それはもちろん、わたしも同行しようと思いまして」
「同行って……あのね芽衣ちゃん。今日は、氷の魔法少女のところに行くんだよ?」
「わかってますよ」
「今日はわたしひとりで行くからさ。芽衣ちゃんは家で」
「行きます」
「……えっと……氷の魔法少女って、わたしの知り合いかもしれないんだよね。芽衣ちゃんが行っても、面白くないと思うよ?」
「行きます」
「…………えーっと……氷の魔法少女ってさ、なんか凄い強い魔法少女らしくて……もしかしたら危ない目に遭うかもしれ」
「行きます」
「………………」
言い終わる前に断言されてしまった。
わたしの話を聞いてくれるつもりはないらしい。
モアを手招いて、そっと耳打ちする。
「なに? なんで芽衣ちゃんこんなに頑固になってるの? モア、何か吹き込んだ?」
「いやいや、本当にぼくもわからないんだぽん。ただ、芽衣は『白雪羽衣』って名前が気になっているみたいだぽん」
「……なんで? 芽衣ちゃんは接点ないよね?」
「ぼくが知るわけないぽん」
モアと一緒に芽衣の方を見る。
何故か宙に向かってシャドーボクシングをしていた。
「……なにあれ」
「……知らんぽん」
「テンション高くない? あんな芽衣ちゃん初めて見たんだけど」
「そうぽん? 配信のときはあんな感じだぽんが」
「あ、あー……うん……」
そんなことを話していると、わたしたちに見られていることに気付いたのか、ふいと視線を逸らして部屋をうろうろし始めた。
まるで、落ち着かなくて仕方ないとでも言うように。
(……?)
一体、『白雪羽衣』の何が気になるんだろう。
しかし、ただ単に興味本位で同行したいわけではないことは明らかだ。
芽衣は、氷の魔法少女『白雪羽衣』について……わたしの知らない何かを知っている……?
「……わかったわかった。一緒に行こうか、芽衣ちゃん」
「! それじゃ早速……」
「でも待って。芽衣ちゃん、その格好じゃ辛いかもよ」
「え?」
わたしはクローゼットを開けると、上着を取り出した。
季節外れもいいところの、冬物の暖かい上着である。
「上着。貸してあげるから持っていきな」
「上着って……外、暑いですよ? あ、相手が氷の魔法少女だからですか?」
「いや、そうじゃないけど。ま……行けばわかるよ」
体調を崩し久しぶりの更新になってしまいました……
読みに来てくださって、ありがとうございます!




