魔法少女の、これからは
その夜。
わたしたちは、全員で東京のホテルに泊まっていた。
前にわたしがひとりで泊まったホテルと、同じホテルである。
今回は四人もいるので前回と比べると狭く感じるが、不安を抱えながらひとりぼっちで泊まるより遥かにマシだ。
芽衣と華奏の中学生組は既にぐっすりと眠っており、ふたりの寝息が微かに聞こえる。
わたしと麻子はふたりを起こさないように、薄暗い部屋でフットライトだけを灯し、小声で話していたのであった。
「は~……疲れたあ」
「あれだけ動き回ったらそうなるわよ……」
髪の毛を手入れしながら、そっとベッドに座る。
ただでさえ暑い中、慣れないところを移動したせいでくたびれた。
こういうときは身体をほぐしておかないと、明日の行動に差し障る。
そう思って身体を伸ばしストレッチをしていると、麻子が仰向けになったままこちらをじっと見ていた。
「……何?」
「華蓮~……足マッサージしてよ」
「はあ? 何でわたしがそんなこと……」
「晩御飯奢ってあげた恩を忘れたの? 美味しそうにもりもり食べてたじゃない」
「感謝のしるしとか言ってた口はどこ行ったのよ……あーもうわかったから。足出して」
「わーい」
麻子がごろんとベッドにうつ伏せになり、催促するように足をパタパタしていた。
言われたとおりにするのは癪だが、麻子には鏡の洋館で助けられた恩もある。
マッサージぐらいは、してあげるとするか……
わたしは麻子のベッドに移動し背中に跨ると、そのまま麻子の足を両手でぐいぐいと揉み始めた。
「あ~……良い……」
「え、そんなに?」
「そのちっちゃい手が一生懸命頑張ってる感じが良い……」
「え、きも……何言ってんの」
「いいからいいから」
「仕方ないわね……」
言われるがままマッサージしながら、麻子の顔を見る。
その気持ちよさそうな顔に、思わず引っ叩きたくなるような衝動に駆られたが、華奏たちを起こしてしまいそうなので思い留まった。
「……いやーでもほんとに気持ちいいよ。華蓮、マッサージ上手いんじゃない?」
「こんなの誰がやっても変わんないでしょ。てか、わたしにもやってよ」
「いいよ? ほら、うつ伏せになって」
「…………やっぱいい。なんかいや」
「え~? 折角マッサージしてあげようと思ったのに」
そう言いながら両手をわきわきさせる麻子は、不審者そのものだった。
こいつに足を触らせるのは、不快。
「はい、おしまい! あとは自分でやってよね」
わたしは自分のベッドに戻ると、布団にもぐり込んだ。
まだ目は冴えているが、身体は疲れている。
このまま目を瞑っていれば、すぐに眠れるだろう。
そう思い、布団を頭から被ると静かに目を閉じた。
「…………ん?」
隣で何かがもぞもぞと動いている。
気のせいじゃない。
どう考えても隣に誰かいる。
そっと目を開けると、すぐ目の前に麻子の顔があった。
「ちょ、麻子!? 何入って来てんのよ!?」
「いいからいいから。この方が小声で喋れるじゃん」
「ち、近いのよあんた……!」
「しー! 大きな声出すと芽衣ちゃんたちが起きちゃうでしょ」
「あんたのせいなんだけど……」
壁の方を向いて、顔を見られないように枕に顔を埋めた。
こんなに近くに人がいると落ち着かない。
「そんな照れることないのに。……ね、華蓮。ちょっと真面目な話してもいい?」
「……何よ?」
目を閉じて枕に顔を埋めたまま、答える。
「芽衣ちゃんと華奏ちゃんのこと。あのふたり……あのままでいいのかな?」
「……どういう意味?」
「芽衣ちゃんは今、その身に魔王の力を宿している。そして華奏ちゃんは、唯一その魔王に対抗する光の魔力を持っている。このままだと、また良くないことが起こる気がするのよね」
「それは……まあ、そうかもだけど……」
とはいえ、どうしようもない。
華奏はもう、光の魔法少女になってしまったのだから。
今さら時間を戻して、魔法少女になる前に……普通の少女だった頃に戻ることなんて、出来っこない。
「……わたしたちの魔力って、ずっとこうだと思う?」
「え?」
「ほら、魔法『少女』って言うんだからさ……大人になったら、自然と魔力は無くなるとか……そういう話があっても、おかしくないと思わない?」
「麻子はもう既に少女じゃないじゃん。……痛い痛い痛い!」
横腹を抓られて思わず声をあげる。
「華蓮~……? そろそろあなたにはお仕置きした方が良さそうね」
「な、な、何を……」
ぬっと麻子の手がわたしの足に触れたような気がしたその瞬間。
壁の方から、唐突に声が聞こえた。
「や。楽しんでるみたいぽんね」
するりと壁をすり抜けて現れたのは、聞き覚えのある声の主。
もう、いちいち驚いて声を出すこともなくなっていた。
「……モア。もう終わったの?」
そっと、麻子の手がわたしの足から離れた。
なんだろう。何故だか、助かったような気がする。
「ああ。一応報告は終わったぽん」
「どうだった?」
「モストのやつ、今も姿を見せないままなんだぽん。いくらあいつがしたことを表沙汰にしても、当事者がいないんじゃ意味ないぽんね」
「モストは逃げている、ってこと? それじゃ、ミラージュの残党は?」
「あの子たちは全員、人間界に戻っている。心配無用だぽん」
「全員ってことは……あの、鏡の魔法少女も?」
「ああ。京香も人間界に戻っていることは確認できたぽん。ただ、そのあとどうなったかはぼくにもわからない。瑠奈が一緒にいたという目撃情報もあるぽんが……今はどうしているのやら」
(え……瑠奈が?)
その名前が出て、わたしはドキリとした。
わたしはてっきり、モストと京香は今でも一緒にいると思っていた。
鏡の洋館から突然ふたりが姿を消したのは……モストが京香を連れてその場を離れたから。
そう思い込んでいた。
しかし今、モストは行方不明となっており、京香は瑠奈と共にこちらの世界に戻ってきている。
一体どういうことなのだろう。
瑠奈は、わたしが倒した雷の魔法少女だ。
まだ、何かを企んでいるのだろうか?
もしかして、わたしのことを恨んで……?
少し不安になり、思わず手に触れていた麻子の服をぎゅっと掴んだ。
麻子もそれに気が付いたのか、そっとその手を握ってくれた。
「そういえば……氷の魔法少女って、何だったの?」
麻子がぼそりと呟いた。
「結局出てこなかったじゃない、最強の魔法少女。モアは、その魔法少女のことを警戒して行動してたんでしょ?」
「ああ……『雪女』は、未だに名前も実力も把握できていない魔法少女……用心しておくことに、越したことはないと思うぽんが」
(……え?)
わたしは思わず目を開いた。
「……モア、名前……知らないの?」
「? そうだぽん」
「わたし……名前、聞いたような気がするんだけど」
「え!?」
「華蓮、その魔法少女のこと知ってるの?」
「ええっと、確か……」
わたしは瑠奈に聞いたはずの名前を必死に思い出す。
瑠奈から魔法少女のランクについて説明を聞いたとき……あのとき瑠奈は、その魔法少女の名前を口にしたはずだ。
だからわたしは、その名前を知っている。
歴代最強の魔力を持つ、氷の魔法少女の名前を。
確か、その名前は……
「…………あ」
「思い出したぽん、華蓮!?」
「あ、うん。そっか……だから今日、『白雪姫』に引っかかったんだ」
「し、白雪姫……? 何の話だぽん?」
「ううん、こっちの話。Sランクの氷の魔法少女の名前は、白雪……白雪……あれ、下の名前なんだっけ?」
「白雪……白雪……?」
麻子は囁くようにその名前を口にしたあと、そっとわたしに耳打ちした。
「もしかして……『白雪羽衣』……とか?」
「あ……! そうそう、そんな名前……って……麻子、知ってるの?」
「……まさか……いや、ただの同姓同名かもしれないけど……」
静かな暗い部屋で、麻子は小さく呟いた。
「羽衣姉は……わたしの、従姉なんだけど」




