樋本華蓮には高すぎる
「ライブ……! 凄かったですね!」
「いやーわたしも全然知らないのに盛り上がっちゃったよ。あの曲って、オリジナルなの?」
「そうですよ! オリプロは、オリ曲もいっぱい出していて……」
麻子と華奏が、きゃいきゃいとライブの感想を言い合って盛り上がっている。
正直、わたしも雰囲気に飲まれて想像以上に楽しめた。
さすがは超人気企業のVTuber。
無料のライブステージにも関わらず、演出も凝っていたし、歌もダンスも凄かった。
もし、将来メイルが大人気VTuberにでもなったら、同じようにステージに立ったりするのだろうか?
今の芽衣からは歌ったり踊ったりする姿がまるで想像できないが、もっと大人になったらどこかの事務所に所属して、そうなる未来があるのかもしれない。
そう思い芽衣の方を見ると、当の本人は麻子と華奏の会話に加わることなく、おとなしくそこに立っていた。
「……芽衣? ライブ、どうだった?」
「まあまあといったところじゃないですかね」
「厳し……芽衣、あんたオリプロに何か恨みでもあるの?」
「え、いやそんなんじゃないですけど」
「ふーん……ね、芽衣も将来ああいう事務所に所属したいとか……って、あれ?」
気付かないうちに、隣にいたはずの芽衣の姿が消えていた。
一瞬もしやと思ったが、焦るようなことはなかった。
いつの間にか移動して、華奏と一緒に喋っている。
「むう……何なのあいつ?」
何だか、はぐらされているような気がする。
まるで、何か知られたくないことでもあるような。
「ね、ちょっと……麻子」
手招きをして、小声で麻子を呼びつける。
「ん? どしたの華蓮」
「何か芽衣のやつ、変じゃない?」
「変って?」
「んー……オリプロのことになると、話を濁すっていうか……うまく言えないけど、何か隠しているような……」
「……やっぱり華蓮もそう思う?」
「やっぱりって……そうよね? 気のせいじゃないわよね?」
「でもわたし、オリプロのことは何も知らないからなあ……むしろ華蓮の方は、何か思い当たることないの?」
「いやわたしも詳しくないし。オリプロのことは知識として知ってるだけで」
「そっか……でもさ、オリプロのVTuberが嫌いってわけでもなさそうじゃない?」
「そうね……」
確かに、麻子の言うとおりだ。
嫌いだから話したくないとか、そういう反応でも無かったように思える。
だから、尚更芽衣の考えていることがわからないのだ。
「ま……配信活動のことは、わたしが口出すことでもないか……それで? これからはどうするわけ?」
「もう時間も時間だし、夜ご飯でいいんじゃない?」
「そうね。それじゃ、どこか近くのお店を探して……」
「あ、それは大丈夫。すぐ近くのお店、予約しているから」
「……予約?」
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「え……ここ?」
麻子に連れられて来たところは、わたしにとって未知の世界だった。
未知の世界と言っても、何のお店なのかがわからないわけではない。
そこは和の雰囲気を強調した、お寿司屋さんだった。
だが、わたしの知っているお寿司屋さんではない。
聞いたことがある……回らない寿司屋というやつだ。
少なくとも、中高生だけで来るようなお店ではないだろう。
明らかに高そうな雰囲気の、近寄りがたいお店だった。
「ちょちょちょ……こんなところにわたしたちが入っていいの? ドレスコードとか無いわけ?」
「は? 無い無い。そんなガチのお店じゃないわよ」
「そ、そうなの? いやでも、わたしこういうお店行ったことないんだけど」
「大丈夫だって、そんな畏まらなくても。ほら、行くわよ」
そう言うと、麻子は慣れたように店員に予約していることを伝え、店の奥に入って行った。
「ちょ、待って……」
わたしと華奏は、隠れるようにこっそり麻子の後ろを付いて行く。
一方、芽衣はどうかというと、全く動じていないように見せた。
このお金持ちめ……慣れているのだろうか。
「黒瀬様、こちらの席にどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
「こ、個室なのね……」
「今時珍しくもないって。ほら、座ろ」
「う、うん」
麻子は畏まらなくていいと言ったが、やっぱりどうしても畏まってしまう。
中学生組を奥に座らせて、わたしは華奏の隣に、麻子が芽衣の隣に座った。
「大丈夫? 狭くない?」
「全然。それよりここの雰囲気に慣れないわよ」
そう言いながらお品書きを見て、わたしは思わず声を出しそうになった。
「……! 麻子! わたしこんなお金無いって! なによこれ!? なんでこんなのがこんな値段するのよ!?」
小声で麻子に訴えるが、麻子はハイハイと受け流すように言った。
「大丈夫だって。今回は旅費タダだし、余裕あるのよ」
「え?」
「鏡の洋館で言ったでしょ。今回はふたりのおかげで助かったって。だから今日のご飯は、感謝のしるし」
「……まじ? いいの?」
「大丈夫ですよ華蓮さん。いざとなったらわたしも出しますから」
「芽衣……あんたが言うとなんかもう怖いわね」
芽衣が住んでいるマンションを思い出して、頭を抱える。
芽衣なら余裕で支払えてしまいそうだ。
「ほら、遠慮なく! 今日は飲むわよ!」
「ここ、未成年しかいないはずだけど」
「ソフトドリンクでね!」
「えーっと、飲み物は……」
わたしはそう言うと、お品書きの飲み物の欄に目を落とした。
(ジンジャーエール680円て……一体いつも飲んでるのと何が違うって言うのよ……)




