TOKYOビッグフェス!②
「えーっと……ゲームスペースってどっち?」
「あっち。ちょうど反対側ね」
わたしと麻子は並んで歩きながら、芽衣と華奏がいるゲームスペースに向かっていた。
芽衣が重度のゲーマーなのは百も承知だが、華奏もゲームは好きな方である。
ゲームの実況配信も見ているので、芽衣がそういう活動をしていることを知ったときの華奏はテンションが上がっていた。
今は、中学生組ふたりで新作ゲームの体験コーナーにいるはずだ。
「……麻子は、もう行きたいところ見終わったの?」
「んー? まあ、わたしはどうしても見たいってものは無いし」
「そう? それじゃどこ見に行ってたのよ」
「VTuberのスペース。メイルたんのこと取り上げられてないかなあと思って」
「いやいや、取り上げられているわけないでしょ……」
「でも、もう登録者数五万人だよ? 凄くない?」
「確かに凄いけど。こういうイベントに出てくるのは、登録者数が百万人に迫るような企業勢ばっかりよ」
「ひゃ、百万人? そんなのいるの?」
「大手企業に所属しているVTuberなら何人もいるわよ、そういう人。てか、麻子知らないの?」
「わたしはメイルたん単推しだから」
「あ……そう。相変わらず気持ち悪いわね」
「一途って言いなさいよそこは。それにしても……芽衣ちゃんと華奏ちゃん、仲良くなってくれてよかったね?」
「ああ、まあ……芽衣が華奏に押し切られたって感じよね。あいつ、最初は借りてきた猫みたいになってたし」
昨日、芽衣と華奏が顔を合わせたときのことを思い出す。
ふたりは鏡の洋館で戦いを繰り広げたものの、あのときの華奏は京香に操られていた状態だった。
ある意味、昨日がふたりの初対面とも言える。
あのときの、ぎこちない会話を思い出す。
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『ぁ……えっと……』
『はじめまして源さん! 樋本華蓮の妹で、華奏っていいます!』
『ぁ、うん……知ってます』
『源さんには迷惑をかけてしまって……本当にごめんなさい!』
『ぇ、いや……別に妹さんが悪いわけでは』
『お詫びと言っては何ですが……これ! アクリルキーホルダー! 源さんが好きなゲームのキャラだって聞きました!』
『ぁ、どうも……いいですね』
『それから……源さん、VTuberとして活動してるって聞きました! 凄いです! なんていうVなんですか!?』
『ぇ……それはですね……えーっと……』
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「……なんで芽衣のやつ、あんなカタコトだったの?」
「芽衣ちゃんは人見知りだからねえ。特に華奏ちゃんみたいなタイプは苦手なのかも」
「わたしと会ったときはそうでもなかったじゃん」
「それはほら。華蓮のことは即敵認定してたから」
「は? どういう意味よ」
「あ、いたいた。芽衣ちゃーん」
わたしの問いかけに答えることなく、麻子は芽衣と華奏を見つけるとふたりの元に駆け寄って行った。
ふたりは意外にも馬が合うようで、このイベントに来てからはずっとふたりで行動していた。
性格は違えど、同じ年で共通の趣味を持つ者同士だ。気が合うのだろう。
「華奏。体調は大丈夫?」
「全然大丈夫! むしろこんなところに友達と来られて、最高に楽しいよ」
「そ、そうですね……」
芽衣が少し照れくさそうに反応した。
多分、同じ年の友達とこうやって遊ぶことに慣れていないのだろう。
自分もそうだからよくわかる。
「ふたりは新作ゲームの体験コーナーに行ってたんだよね? 何か面白いものあった?」
そう言いながら、麻子が芽衣と華奏の手を繋いでいた。
完全にお母さんムーブである。
何歳だお前は。
「芽衣ちゃんが凄いんですよ……まだ発売していないゲームなのに、無双してて」
「わたしは前作をやり込んでますからね。基本操作を抑えていれば、あれぐらいは当然ですよ」
誇らしげにふふんと鼻を鳴らす芽衣。
配信以外の場でゲームの腕をお披露目出来て、ご満悦のようだ。
わたしと麻子じゃ相手にならなかったもんな……マ〇オカートでボコボコにされた記憶が蘇る。
「それで? 今から見に行くステージは……なんだっけ?」
「なんだっけって……麻子、あんた聞いてなかったの? 『オリプロ』のライブステージよ」
「『オリプロ』? どこかで聞いたような……」
「あんた自分が興味ないことは何も聞いてないわね……『オリプロ』っていうのは、『オリジナルプロダクション』。VTuberじゃトップクラスの事務所よ。登録者数百万人オーバーのVTuberを何人も抱えてる大御所なんだから」
「あ、そうだそうだ。華奏ちゃんが好きなんだっけ?」
「そ。わたしも妹の影響で見たことあるけど……ライブはちょっと楽しみよね」
「芽衣ちゃんは? やっぱり同業者として興味ある感じ?」
「……そうですね。色々な意味で」
「色々な意味?」
「まあ、それは深く聞かないでください」
ふるふると首を横に振る芽衣。
同じ配信者として、複雑な気持ちでもあるのだろうか?
ライバル心とか、憧れとか……?
さすがにメイルとオリプロでは土俵が違いすぎる気もするが、余計なお世話かと思い言わないことにした。
「まあ、今回は無料のステージってことで、歌うのもふたりだけって聞いたけど」
「ふたりだけ? そうなの?」
「そうなんです! わたし、オリプロに大好きなVTuberがいるんですけど……その人はこういう表舞台には全然出てこないんですよね。今日はちょっと期待してたんですけど」
横から華奏が残念そうに言った。
それを聞いて、芽衣がすかさず口を挟む。
「……ちなみに誰です? その人って」
「『白金ユキ』さん! すっごい美人で、癒しボイスの!」
「ああ、あの巨乳キャラの……まあ確かに? あの人のASMRはなかなかのものだと思いますが」
芽衣が腕組をしながらぼそぼそと喋る。
「なに芽衣? あんたも好きなの、その人?」
「い、いえ。やたらオススメに出てくるので、試しに聞いたことがあるだけですよ」
「ふーん……?」
どうも、よく知っているような口ぶりに聞こえたが。
思い過ごしだろうか?
「ねえねえ、その白金ユキって人はそんなに人気なの?」
麻子が華奏に問いかける。
「そりゃあもう……登録者数は二百万人を突破。今一番人気があるVTuberと言っていいんじゃないですかね。その美貌と話し方から、いつからかついたあだ名が……」
「『白雪姫』」
「そうそう! ……って、芽衣ちゃんよく知ってるね? やっぱり見てるの?」
「見てないですから!」
芽衣と華奏が、ぎゃいぎゃいと騒いでいる。
こうして見ると、ふたりともただの子どもって感じだ。
「……ん? 白雪姫……?」
その呼び名に、何かひっかかるものがあった。
なんだろう。
つい最近、そんな言葉をどこかで聞いたような。
白雪姫……そんな童話、話題にしたことあったっけ……?
「……華蓮! 迷子になるわよ!」
はっと顔をあげると、麻子たちが随分前を歩いていた。
いつの間にか、無意識に立ち止まっていたらしい。
「あ、ちょ……置いてかないでよ!」
わたしは走って、麻子の背中を追いかけた。




