樋本華蓮はお姉ちゃん
――なんだか、温かい。
わたしの炎と、華奏の光。
ふたつの灯りが周りを照らしているのが、目を閉じていてもわかる。
多分、噛まれた肩は出血しているだろう。
それでも、小さな華奏の身体を抱きしめていると、わたしの心は落ち着いていた。
「華奏。大丈夫だよ」
腕の中でもがく華奏を抱きしめる手に、更に力を入れる。
華奏を巻き込んでしまったけれど……まだ、最悪の展開にはなっていない。
華奏は目の前にいる。
今度はもう、目の届かないところへは行かせない。
きっと大丈夫。
だって、華奏は弱くない。
身体は弱いかもしれないけれど……わたしよりもずっと強い子だ。
あのときの方が――入院しているときの方が、華奏はずっと苦しんでいた。
わたしが魔法にすがるしかないぐらいに、華奏は闘病生活で苦しんでいた。
でも、結局……あのときのわたしは、何もしてあげられなかった。
だから今は。
わたしが、『お姉ちゃん』をしてあげるときだ。
それに……
「……!?」
腕の中で、華奏の身体が震えた。
耳を裂くような金切り音が響いて、手を離しそうになる。
強力な鏡魔法で操られている華奏を無理矢理抑え込んでいるせいで、魔力が暴走しているのだろうか。
華奏を抱きしめる手がだんだん熱を帯びてきて、赤くなっていく。
「うっ……! しっかり……しなさい! わたし!」
左手を華奏の背中に添え、右手で頭を抱え込むように胸元に密着させる。
(熱っ……!)
わたしを引きはがそうとする華奏の細腕を包み込むようにしながら、じっと耐えた。
普段のわたしなら、耐えることはできなかったかもしれない。
でも、わたしは離さなかった。
耐えられる自信があった。
その理由は、単純明快。
この状況が、長引かないことを確信していたからである。
「麻子……あんたがいるなら、大丈夫よね」
……………
………………………
……………………………どれぐらい、こうしていただろう。
十秒と言われればそんな気もするし、十分と言われればそんな気もする。
いつの間にかあの不快な音は消えて、焚火のようなパチパチという心地よい音だけが響いていた。
それでも、今この手を離してしまうと何かが変わってしまう気がして、わたしは動けなかった。
「……ちゃん」
……ん?
今、懐かしい声を聴いた気がする。
幻聴、だろうか。
「お姉ちゃん」
今度はさっきよりもはっきり聞こえた。
くぐもった声。
その声は、すぐ傍からだ。
「わたし……いや……でも、わかるよ、なんとなく」
聞き間違いなんかじゃない。
はっきり聞こえる、その声は。
恐る恐る目を開ける。
「……お姉ちゃんが……助けてくれたんだね」
「華奏……っ」
華奏の顔を見た瞬間、パリンという小さな音が聞こえた。
もう、この音が何を意味するのかはわかっている。
(……終わった……のね、麻子)
周りの空間が、歪んでいく。
その理由が、目に溜まった涙のせいだけではないことは、明らかだった。




