樋本華蓮VS樋本華奏
「あっ……やば!」
目の前の光景に、思わず焦りの声が漏れた。
微かなうめき声と共に、芽衣が膝をついたのである。
光魔法に触れすぎたのだろう。
もう、殆ど力が残っていないようだった。
「芽衣……! 間に合え!」
わたしは咄嗟に、エンジンのように掌から炎を放出して加速した。
魔法少女になって、身体能力は向上している。
今のわたしなら、年下の女の子ひとり抱えて走るぐらいはなんでもない。
光の槍が迫る中、わたしはそれよりも速く芽衣に触れると、強引に抱えて走った。
「ふぅ! ギリギリセーフ……!」
「か、華蓮さん……」
お姫様抱っこされている芽衣の長い前髪が、ハラリと揺れる。
相当苦しかったのだろう。
額に汗が滲んでおり、息も荒い。
京香のせいとは言え、妹の魔法で芽衣がここまで苦しめられていると思うと心が痛む。
「よかった……無事だったんですね」
「それはこっちのセリフよ……芽衣、あんたもうギリギリじゃない」
「平気ですよ……それより、どうやってここに?」
「麻子のおかげよ。芽衣はもう休んでて」
「え……麻子さん!? 戻ってきてるんですか!?」
「うん。だからあとは根競べ……麻子が終わらせるまで耐え切れば、わたしたちの勝ちよ」
わたしは芽衣を部屋の隅に寝かせると、華奏の方を向いて息を吐いた。
大丈夫。まだ、魔力は残っている。
「ここで待ってて、芽衣」
「か、華蓮さん! 何を……?」
芽衣がわたしを呼び止める声が聞こえたが、わたしは足を止めなかった。
「…………!?」
近付いてくるわたしから距離を取ろうとする華奏。
しかし、その手から放たれる光魔法はわたしの炎で弾き返すことができた。
光の魔法少女は、スペードの3みたいなもの……京香がそう言って、大富豪に例えていたことを思い出す。
光の魔法は、闇属性相手かどうかで大きく効果が違うらしい。
だとしたら。
華奏にわたしが押し切られてしまう可能性は相当低いはず。
恐れずに、向かい合ったほうが芽衣を守ることができるはずだ。
「華奏っ!」
わたしは思い切りよく踏み込むと、華奏に飛び掛かった。
しかしそれは、華奏に炎を浴びせるためではない。
物理的に、攻撃するためでもない。
わたしは飛び込むようにして華奏をぎゅっと抱きしめると、そのまま倒れ込んだ。
「!!??」
急に抱きつかれて呆気にとられたのか、華奏は一瞬固まったが、すぐにわたしの腕の中で暴れ始めた。
(なんて力……! こんなの華奏の力じゃない! 魔法で操られて、無理矢理引き出された力なんだ!)
「がぁう!」
「痛っ!」
肩を華奏に強く噛まれて、ぎゅっと目を瞑る。
それでもわたしは、華奏を離さなかった。
「華奏……! 華奏!」
炎魔法を使えば、華奏を倒すことはできるだろう。
そんなことはわかっている。
でも、それで華奏の身体はどうなる?
普通なら、魔法で防御すれば致命傷になることはない。
しかし今、華奏は操られている状態だ。
自分の意志で魔法を使っているわけではない。
そんな状態で炎魔法を浴びて、はたして無事で済むのだろうか?
鏡の呪縛から解き放たれるのだろうか?
答えはわからない。
だからわたしは、華奏を強く抱きしめることしかできなかった。
「か、華蓮さん……!」
芽衣が息を荒くしながら駆け寄ってくる。
「今の妹さんは危険です……! 離れて……」
「……大丈夫」
「で、でも! 今華蓮さん、魔法を全く使って……」
「大丈夫だから」
わたしはほんの少し笑って言った。
「妹の我儘ぐらい……なんでもない」
「か、華蓮さん……!?」
わたしは目を閉じると、炎の渦で自分ごと華奏を包み込んだ。




