黒瀬麻子VS紅京香
「そう……だったんだ。モア、あんた裏切ったわけじゃなかったのね」
業火を打ち消す麻子の姿を目で追いながら、わたしは小さく呟いた。
「だって、約束してたぽん?」
「約束?」
「芽衣のことを守れって。麻子に言われたぽん」
「……あ」
そういえば。
姿を消した芽衣が戻ってきたあの春の日……麻子が、モアにそんなことを言っていたっけ。
あのとき冗談交じりに言っていたことを、モアは覚えていたんだ。
「そっか……うん、そうよね!」
「でも、想定外のことが多すぎて……華蓮には悪いことしたぽん。おまけにぼくたちの方が助けられる始末で……おかげで助かったぽん」
モアにそう言われて、思わず目が潤んだ。
わたしは激情に駆られて、京香の魔法を見誤った。
でも、大技を使ったおかげで京香の魔力を削ぐことができたようだ。
反射魔法に力を注がせたお陰で、麻子たちを閉じ込めていた空間が揺らめいたんだ。
そう思うと、救われた気がした。
「……こうしちゃいられない!」
わたしは泣きそうになる目を擦ると、叫んだ。
「麻子! わたしはどうすればいい!?」
まだ、この場が解決したわけではない。
京香はピンピンしているし、華奏と芽衣は戦っている。
麻子との再会を喜ぶのは、この場を乗り切ってからだ。
「華蓮! あいつの後ろに見える大きな鏡……あれは鏡の世界と繋がっている! あそこから、芽衣ちゃんのところに行って!」
「えっ!?」
「こいつは……鏡の魔法少女の相手はわたしがする! だから行って!」
「で、でも……」
「早く! 妹ちゃんを止められるのは……華蓮だけだから」
「……!」
今のわたしでは、おそらく京香には勝てない。
あの鏡魔法を突破できない以上、麻子の足手まといになるだけだろう。
だったら今、わたしがすべきことは……
「行かせるか……! 鏡が守るだけだと思うなよ!?」
京香がわたしの行く手を遮ろうとするのが見えたが、麻子の方が一枚上手だった。
「無駄ね」
麻子がぐるんと右手を振り回すと、黒い闇に覆われた一本道が出来た。
部屋に充満する業火から守られた、魔法が効かない安全な通り道である。
「華蓮。ここからは時間との勝負よ。わたしがあの鏡女を抑え込むまで……華蓮がふたりを守ってあげて」
「……! わかった!」
「ま、待ちなさい!」
京香の制止する声が聞こえてきたが、わたしは目の前に作られた暗い闇の中を縫うように、我武者羅に走った。
そして、何かにぶつかったと思ったと同時に……また、あの浮遊感に襲われた。
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「黒瀬麻子……! よくもやってくれたわね!?」
睨みつける京香とは対照的に、麻子は冷静に息を吐いた。
「えーっと……初めまして、よね? 見たところ、同年代ってところかな」
「ああ? それがなに……?」
「いやあ、わたしが最高齢の魔法少女だって聞いてたからさ。やっぱそうだよね。魔法少女も増えて、皆がみんな中高生ってわけじゃないよね」
「……何が言いたいの?」
「ちょっと前のわたしだったら、同年代の魔法少女って歓迎していたと思うんだけど……あのふたりと一緒にいたせいかな、今はもうそんな気分じゃないのよ」
禍々しい黒い闇が、ゆっくり麻子の身体から拡がっていく。
「可愛い子どもってさ……守ってやりたくなるのよね」
「はっ……あんまりウチのこと舐めないでよ。格上相手の戦い方ぐらい……弁えているつもりだから!」
京香はそう言うと、自分自身を無数の鏡で囲った。
「『万華鏡』……合わせ鏡」
京香がそう言った瞬間、周りを囲っていた鏡が次々と割れた。
そして、キラキラと光る破片の中から現れたのは……京香の、無数の分身だった。
「これを全員……相手にできるものならしてみなさい」
「へー……鏡の魔法って、そんなこともできるんだ。ま……『ジョーカー』相手に通用するかどうか、試してみる?」




