モストの目論見④
「あ~~~~~……」
麻子とモアが鏡の世界に閉じ込められてから、どれほどの時間が経過しただろうか。
同じ空間に長時間滞在するということは、それだけで拷問に近い。
独房にあった食糧は尽きかけ、麻子の気力も限界に近付いていた。
「麻子……大丈夫ぽんか?」
「大丈夫じゃないわよ……このままじゃまずいって」
麻子はごろんと床にうつ伏せに寝転がると、呻くように言った。
「かれ~ん……何とかしなさ~い……」
「華蓮……今頃どうしているんだろうぽん」
「華蓮がそう簡単にやられるとは思えないんだけど。未だに何の動きもないってことは、ミラージュも動いてないってこと……?」
「いや、麻子がいないこの機会をミラージュが逃すはずはないと思うぽんが……」
「じゃあ何? まさか、やられちゃったってこと?」
「そ、それは……」
「…………華蓮!! 早く助けに来――い!」
「来ませんよ、あの人は」
「!?」
頭上から突然聞こえてきた低い声に反応して、麻子は飛び起きた。
「モスト! あんた、よくのうのうと顔出せたわね!?」
「まだ元気そうですね? もうすっかり諦めていると思いましたが」
「んなわけないでしょ……早くここから出しなさいよ」
「そうはいきません。わたくしは、あなたたちを解放するために来たわけではありませんから」
「だったら何しに……」
「あなたたちも、外の様子が気になっていると思いましてね……御覧なさい」
モストはそう言うと、麻子とモアの前に一枚の鏡を差し出した。
しかし、普通の鏡ではない。
そこに映ったのは、鏡を覗き込んだ麻子とモアではなく、ふたりの魔法少女だった。
「……!? 芽衣ちゃん……それに、華蓮も! まさかこれって……」
「そう、この鏡はあちら側の世界を映しています。今だと……ふたりとも、アストラルホールにいますね」
「アストラルホールに……?」
「これから、あのふたりは処刑されます。我々、ミラージュにね」
「……はあ!? 処刑!?」
「モストお前……ふざけるのもいいかげんに……!」
モアはモストに詰め寄ろうとしたが、肩を震わせているその姿を見て立ち止まった。
――笑っていたのである。
「ふ……ふ、ふふ、ふふふふふふふふふふふ!」
モストらしからぬ笑い声。
その声は、長い時間を一緒に過ごしていたモアですら、聞いたことのない声だった。
「モ、モスト……? お前……」
「そう……!! それが見たかった! モア! お前の!! その顔が見たかったのです!!!」
「!?」
突然大声を出したモストに、麻子もモアも一瞬呆気に取られてしまった。
喜びを抑えきれない。そんな風に感情を爆発させたモストの顔は、これまでのような渋い紳士の装いから逸脱していた。
「わたくしの目的は! 初めからこれだけだった! モア! お前を追放して、貶めることだけがわたくしの目的だったのです!」
「ちょ……完全に目がイっちゃってるじゃん。モア、あんたこいつに何したの?」
「な、何もしていないぽん」
「だったら何でこんなに恨まれてるのよ。怒らせるようなことしたんじゃないの? わたしみたいに」
「え? 麻子、何か怒ってるぽん?」
「殴ろうと思ったことなら何回もあるんだけど」
「何言っているんだぽん、恩人のこのぼくに……」
「黙りなさい! 今はわたくしが話しているのです! モア! お前みたいないい加減なやつが……女神様の傍にいることが耐えられない! どうしてお前みたいなやつが神官の……っ!」
何かを言いかけたモストだったが、咳払いをすると急に声のトーンを落とした。
「ふう……いけないいけない。わたくしとしたことが……つい興奮してしまいましたよ」
モストは顔に手を当てると、静かに語り始めた。
「これで……あなたたちもお終いですね。わたくしは魔王を滅ぼした英雄となり、モア、お前は危険な魔王を野放しにした悪党として語られる」
「そんなこと……」
「どれだけあがいても無駄ですよ。そこでそのまま、何もできずに散っていきなさい。あのふたりが、京香殿に始末される無様な姿を見ながらね」
「待っ……!」
モストは素早く飛び上がると、小さな歪みから消えて行った。
「あ、あいつ……! くっそおおお! 何とかならないぽん!?」
「…………………」
「何黙ってるぽん、麻子!? まさかこのまま、おとなしく引き下がるつもりじゃないぽんよね!?」
「……そっか……わかったよ、モア」
「……え?」
「モスト……あいつ、調子に乗りすぎたわね。やっぱりこの空間が不安定になる『乱れ』は、主に原因があるんだ」
「……どういうことぽん?」」
「この鏡を見て。さっき、芽衣ちゃんが誰かに向かって黒い風を吹かせていた。躱されたみたいだけど……そのとき、この空間がほんの少し乱れたの」
「それが……どうしたぽん?」
「この鏡の世界を保つには、十分な魔力が必要なのよ。今、きっとふたりは鏡の魔法少女と対峙しようとしている。だから、芽衣ちゃんや華蓮が鏡の魔法少女を追い詰めることができれば……この空間から脱出できるかもしれない」
「!」
「鏡の魔法少女の様子をこっちからでも観測できるなら……この空間を打破することができる瞬間を、捉えることができるかも」
「そうか……! そうなれば、ぼくの瞬間移動で元の世界に戻れるかもしれないぽん!」
麻子は、こくりと頷いた。
「そういうこと。あ、それから……」
麻子は、黒い闇を手に纏って言った。
「……あの、モストとかいう神官は、やっちゃっていいよね?」
麻子は、殺意に満ちた目を向けた。
「……いや、ダメだぽん」
「はあ? モア、あんたここまでコケにされて……」
「モストの相手はぼくがする。麻子は、鏡の魔法少女の相手を頼むぽん」
モアは真剣な顔をしていた。
「……ああ……なるほどね」
麻子は納得したように微かに笑うと、鏡に映った芽衣と華蓮に視線を向けた。
「頼んだわよ……華蓮、芽衣ちゃん」




