モストの目論見③
「……ん? んん?」
モアは、きょろきょろと周りを見渡した。
一見、何も変わっていないように見える。
しかし、何かに呑み込まれたような感触は確かにあった。
妙な浮遊感が残っており、落ち着かない。
「モスト?」
目の前からモストが消えていることに気付いたモアは、ふらふらと独房の中を飛び回り始めた。
「……何だ? 何が起きたぽん?」
「……ねえ、モア」
「ま、麻子……今、何か妙な感覚に襲われなかったぽん?」
「モア……さっき、言ってたよね? モストの仲間には、鏡の魔法少女がいるって」
「あ、ああ……言ったぽんが」
「……やられたかもしれない」
「え?」
麻子は自分が着ているシャツにプリントされた文字を指さした。
「見てよこれ。反転してる」
「な……!? なんだこれ!?」
「たぶん、その魔法少女の魔法だよ。わたしたち、鏡の世界に……閉じ込められたのかもしれない」
「閉じ込められた……? まさか……!」
モアは慌てたように独房の壁に向かった。
「すり抜けられない……それに、瞬間移動も……!? なんでぽん!?」
「やっぱり……ここは魔法の世界で作られた、『別世界』なんだ」
「あいつ……ぼくごと麻子を異空間に閉じ込めたってことは……最初から、こうするつもりだったぽんね!?」
「てことは……モストは、モアを味方にするつもりなんか無かったってことね。とにかく今は、華蓮たちに状況を伝えないと……!」
「伝えるって……どうやってぽん?」
「どうやってって……わたしのスマホは?」
「そりゃあ……新幹線の中じゃないぽん?」
「え? モア、わたしの荷物持ってきてないの?」
「そりゃあそうぽん。ぼくはミラージュの魔法少女と一緒にいたんだから」
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。
「どうすんのよこの状況!? ほんと使えないわね!」
「いやいやいや! そもそも、スマホがあったとしても連絡がとれるかわからないぽん! アストラルホールとあっちの世界じゃ、通信環境はまだ不安定なんだぽん!」
「なにそれ!? このままじゃあいつらの思う壺じゃない……何かないの!?」
「何かって言われても……あ、ぼくのパソコンならあるぽん。メイルの3Dモデルを作るために使っていたやつが」
「パソコンって……いや、華蓮の連絡先がわからないじゃん。……うわ、画面も全部鏡文字になってるし。読み辛っ」
「こっちからでも、インターネットの閲覧ぐらいならできるはずなんだけどぽん」
「それはできるのね……ん? 待って、それなら……」
モアからパソコンを奪い取り、カタカタとキーボードを叩く麻子。
反転しているキーボードに四苦八苦しながらも、麻子はあるページを開いた。
「……あああ!」
「うわ! どうしたぽん!?」
「見てよこれ! メイルたんが配信してる!」
「え……あ、本当だぽん!」
「モア、この配信にコメントしたら芽衣ちゃんは見れる?」
「うーん……いや、たぶん見れるとは思うぽんが……」
「たぶん?」
「だから、通信環境が不安定なんだぽん。こっちからコメントすることはできても、向こうでちゃんと表示されるかどうかは……」
「コメントできるなら大丈夫よきっと。ほかの人が見ても不審がらないように……ええっと……」
『おかえりメイルたん! すぐに会いに行くから待っててね! 黒の魔法少女より』
「……よし、とりあえずこれで今のところ無事ってことは伝わるわよね」
「ストーカーにしか見えないぽんが」
「は? なんて?」
「自覚無いぽん?」
「何がよ? ……あ、あれ? パソコン固まっちゃったんだけど!?」
「あーあ、麻子が気持ち悪いコメントなんか送るから……あ、いややっぱりこっちから干渉するのは無理があったぽんね! 通信が不安定で! そりゃパソコンも動かなくなるわけだだぽん!」
モアは思わず早口でまくし立てると、麻子からパソコンを取り上げた。
メイルの配信が途中で途切れたせいで、麻子が黒い闇を纏っていたのである。
「お、落ち着くぽん麻子。大丈夫、きっと芽衣には伝わってるぽんよ」
「……こんなところで油売ってる場合じゃないわ。早く芽衣ちゃんのところに向かわないと」
「そ、そうぽんね……そうだ、麻子の闇魔法でこの空間をなんとかできないぽん?」
「もう試したわよ。でも……うまくいかなかった」
麻子は黒い闇を拡げると、壁に沿うように動かして見せた。
しかし、何の反応も無い。
「ここは完全に隔離された別世界ってことね……わたしの闇も、ただ空を切るみたいに何の手応えも無いのよ」
「そんな……」
「でも、気になることがある」
「え?」
「この空間……ときどき不安定になるのよね」
麻子はそう言うと、宙を見上げて唇を噛んだ。
「華蓮……無茶してないといいけど」




