素敵な蛇足
――「待ち人、来ず」
そう名付けた絵を頭に仕舞って再び歩き出すと、踏みしめた足がよろめいた。
原因は、地の底から揺り動かすかのような振動だ。
炭鉱の風音がワアァァと鳴動した。
「何か――来る」
それは朽ちた木枠に囲われた暗闇の中から、空気を押し出しながらやって来た。
カタカタと震えていた木枠が、突如弾き飛ばされた。
激流のように飛び出した白と青の鱗。
それは巨体の鎌首を炭鉱の空へ空へと伸ばしていき、やがてピタリと動きを止める。
呆然と立ち尽くす画家の頬に、赤い水滴が落ちた。
鱗の顔に嵌め込まれた蛇眼は、口惜し気に痙攣すると――力なく、されど壮大に鎌首を大地に横たえた。
舞い上がる土埃に垣間見えるのは、蛇の頭に突き立てられた騎士の剣だ。
まだ岩肌に轟音が反響している中、炭鉱から新しい音がした。
――ザッザッザッ――ズリズリズリ。
永遠と思われた暗闇から、赤い鎧靴が日の光を浴びた。
――その冒険者は、洞窟の中で瀕死の若者たちに出会った。
世界の厳しさを身をもって知った若者たちは聖職者の加護と薬草で何とか命を繋ぎ止めていた。
――何度も追い詰められて、動けない彼らを背負ったのは揃いの隊服に身を包んだ凸凹な四人組であった。
伊達に僻地に飛ばされちゃいないと強がる彼らに、それ程動けるなら陽動を頼みたいと持ちかけたのが、傷だらけの身体を引きずる女傑の騎士であった。
彼女が決して離さなかった騎士の剣は、今は蛇の頭に突き立てられている。
最も炭鉱に入って日が浅い冒険者が、女騎士に肩を貸しながら叫んだ。
「今夜、泊めていただきたい!」
流石に表情を停止させていた女性は――穏やかな鉄面皮を被った。
画家は――「見つけた」と確信を持ってキャンバスを下し、筆を持った。
模写は得意であった。
だから、世界一美しいものにさえ出会えさえすれば、糞ったれた人生を買い戻せると思っていた。
――それは、とある女性の絵。
自らを律し絶望も希望も抱えない為の柔らかい鉄面皮。
それが希望に耐え切れず、役目を終え――花のような笑顔を咲かせる一歩手前の模写だ。
画家は、こう名付けた――
お読みいただきありがとうございました。
Iris様企画の共通キャラクター小説の投稿作となります。
お題となった女性のイラストについて、私が想像した世界を描いてみました。
彼女を見て、皆様は何を想像しましたでしょうか。
想像力を掻き立てられる素晴らしい企画をありがとうございました。
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