3
ああ、やっぱり。
その顔は見覚えがあるどころではなかった。
橘奈々。
悠斗の幼馴染みだ。
親同士の仲が良かったために、生まれたときから一緒にいることが多かった女の子。
悠斗の初恋の相手だ・・・
だが、すでに死んでいる。
彼女が9歳のときに。悠斗の目の前で。
彼女の姿形は9歳のときのままだった。
見覚えのあった淡いブルーのドレスは彼女がよく着ていたお気に入りだ。
「いつも心配ばっかりかけて。
私がいないと本当にダメね」
呆れ顔で奈々が言う。
そう言われるのが随分懐かしい。
幼稚園時代から、いじめられっ子の悠斗を庇っていたのは奈々だった。
「奈々?どうして?」
涙をこらえながら、かすれ声で悠斗は問う。
奈々は少しはにかんだような顔をしてまま、黙っている。
大草原に静かな時間が流れた。
「俺をずっと守ってくれていたの?」
ようやく悠斗は声を絞り出した。
予感はあった。
悠斗が呪われていると言われる原因は奈々ではないのかと。
悠斗の周囲で原因不明の事故が起き始めてから、高名な霊媒師を訪ねたことがある。
そのときに少女の霊が憑いていると言われたことがあった。
少なからず確信があった。
「当たり前じゃん。
心配で心配で仕方なかったよ」
ようやく奈々が答える。
微笑む奈々は本当に昔のままで可愛らしい。
例え、同級生を恐ろしい目に遭わせた存在だったとしても。
「大変だったんだよ。
悠斗は弱っちいからさー」
ついに涙があふれた。
涙はとめどなく流れ、頬をつたっていく。
母親以外、唯一の味方だった奈々。
自分自身が死んでもなおその思いは変わらなかったのだ。
「さぁ、早く行こ。
ここにいたら、また雑魚に襲われちゃう」
そう言って奈々は急かす。
今、自分が置かれている状況はよく分からない。
なぜ自分がここにいるのか。
死んだはずの奈々がなぜ生きているのか。
さっきの化け物はなぜ死んだのか。
分からないことだらけだ。
でも、とりあえず信じよう。
死んでもなお、自分を見守っていたという少女を。
悠斗は前を歩く奈々を追いかけるように足を踏み出した。