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だから、恐怖を感じながらも、目の前に現れた狼のような化け物が今の苦しさから解放してくれる救いの存在に思えた。
化け物が獰猛な牙を見せつけるかのように口を開き、ぐるるるると唸り声を上げ始める。
その脚は今にも飛びかからんばかりに、力を込めているのが分かった。
さぁ早く来てくれ。
俺を食い殺して、この救いのない世界から解放してくれ。
苦しさから解放される安堵の感情を抱きながら悠斗は眼を閉じる。
そのとき、大きな声が響いた。
「ちょっと悠斗、何してんの!!眼を開けて!」
ドスの利いた、けど幼さの残る声に悠斗はびくんと体が反応した。
眼を開けて周囲を見渡す。
しかし、声の主は見当たらない。
なんだ?幻聴か?
ふと眼の前の化け物を見た。
先ほどの恐ろしい姿形は変わっていないが、何かに怯えているように感じられる。
脚もがたがたと震えてる。
先ほどは狼に見えた化け物が、今は子犬のようだった。
一体何が起きている?
戸惑う悠斗に再び怒鳴り声が響いた。
「何してんの、悠斗!
眼の前の雑魚を早くぶっ飛ばしなさい」
勇ましい声に、悠斗は再び周囲を見渡すが、やはり何も見えない。
何が起きているか全く分からなかった。
「はあ。相変わらず私がいないと何もできないんだね」
その声とともに、悠斗の眼の前に一人の少女が現れた。
長く艶やかな黒髪に透き通るような白い肌をした少女。
大草原に不釣合いな淡いブルーのドレスをまとったその小さな後姿に、悠斗は見覚えがあった。
「でも良かった。私の声が聞こえているみたいで」
少女は前を向いたまま、その可愛らしい手を化け物に向かってかざす。
化け物はその手に反応し、後ずさりを始めた。
そしてしっぽをこちらに向け、一目散に逃げ出そうとする。
「私の悠斗にちょっかいかけて逃げられるとでも思ってんの?」
少女はかざした手を上に向け、ひとさし指を振ると、化け物は急に動きを止めた。
「死んで後悔しなさい」
少女が何か呪文のようなものを唱えた瞬間、化け物が炎に包まれた。
炎はごうごうと燃え盛り、肉の焼ける臭いが辺りに漂う。
化け物は耳をつんざく絶叫を上げ続けたが、やがてぎょううと断末魔のような悲鳴を残して燃え尽きた。
「無事だった?悠斗」
少女がくるりとこちらを向く。