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8. 閑話 ~聖女アルタルシア~

 砂の国、第三離宮・《アデレア》、この離宮は中央宮殿よりも遥かに豪華に造られており、砂の国にとって王族よりも立場が上である聖女が住む宮殿となっている。


 そんな《アデレア》にて、聖女は穏やかな笑みを浮かべて大男と対面していた。


「ふふふ、可愛い可愛いミルコちゃん、どうしてそんなに怯えているのかしら?」


「はぁ……、はぁ……」


 ミルコと呼ばれた身長2メートルほどの大男は、息を荒げ、その場で小刻みに震えていた。


「オ、オレは……まだ、戦えます……!」


「あらあら、そうなの? おかしいわね、ミルコちゃん、ならどうして昨日暗殺者に入られたのかしらぁ……」


「そ、それはたまたま……」


「黙りなさいーーーッ!」


 聖女が手にした鞭でバシッと大男の身体を据える。「ぎゃああっ」と情けない声を上げて大男はその場にうずくまった。


「ミルコちゃん、私はね、この世界の中心なの、誰からも愛される存在であるの! わかるわよねーー!?」


「わ、わか……」


「じゃあ! なんで! 暗殺者! なんて! 私の目の前に来させたのーー!?」


 バチッビチッバシッ言葉一つ一つに鞭を添えて叫ぶ聖女に、大男はただ震えて縮み込んでいた。


 ……それもそのはず。

 火、水、地、風……四つの大国から成るこの世界において、突如出現し、力を伸ばした小国たる砂の国。

 その要因となったのが他でもない聖女の存在だからである。


 そんな聖女が何者かといえば、元は商人が砂漠に置き去りにした貧困の少女であった。

 砂漠に捨てられ一人きりで命からがら見つけたのが、願いを3つ叶えると言う奇跡のオアシス。

 少女の願いは叶い、それによって生まれた国は次第に人が集まりオアシスを中心に大きくなって行く。


 四つの大国はこれを無視する事ができず、暗殺者を砂の国に忍び込ませた。


 少女は暗殺者から身を守るため、強い戦士を欲した。

 オアシスが与えたのは異世界召喚の秘術であった。

 それにより異世界から召喚したミルコという大男を護衛として傍に置いていたのだが……


「この、役立たず……! やっぱり200年も経ったらダメダメねぇ!?」


 聖女はオアシスの奇跡により不老となっていた。その年齢は優に500歳を超える。

 召喚した異世界人にも不老のスキルは与えているのだが、自分以外の者に与えると若干効果が弱まるようで、完全に不老とはならないのだ。


 ミルコという男も最初は20代の青年だったのだが、今では白髪も目立っていて、聖女の美的感覚から離れていた。


「やっぱり、若い男のがいいわよねえ……」


 じゅるりと聖女らしかぬ顔と表情でそんな事を言う聖女に大男は顔を上げて懇願し出した。


「い、いやだぁ、オレまだ聖女さまと……!」


「誰に意見してんだーー!?」


 聖女はハイヒールのカカトで大男の股間を踏み潰した。


「がああああああああっっっーー」


「あっははは! それはもう使わないからねー!」


「おれ…… ま……」


「さようなら、ミルコちゃん」


 聖女の言葉と同時に大男は砂塵となった。

 そして大男の存在など最初からなかったかのように上機嫌で離宮の奥に足を進める。


「さあて、久しぶりに異世界召喚しようかなっ!」



 ◇



 コツコツと離宮の廊下を歩く。


 ふと、最近はすっかり忘れていた存在を思い出した。


「そういえば、最後に来たのはいつだったかしらね……?」


 キィ……と扉を開けると血の充満した匂いが一気に外へ流れ出した。


「ああ、ひどい、ひどい」


 聖女は呑気そうに部屋の中に足を踏み入れ、そこに鎖で手を繋がれぶらさがった一人の人間に近付いた。


「お久しぶり、生きてますか?」


「……」


 その人間は答えない。

 喉などとっくの昔に潰されており、最早、心臓だけが動いている、という状態であったのだから。


 その人間は聖女を砂漠に置き去りにした商人であった。


 砂の国が大きくなった事で一儲けしようとやって来たところを聖女に見付かり、数百年、お遊びのように身体を痛め付けられていた。


「私が手を下す事は絶対にないので、頑張って活路を見いだして下さいね……?」


 ガッ!!


 聖女は男の腹を思い切り蹴り上げたた。


「わたくしの、ように!!」


 あっははははははと笑いながら聖女は扉から出て行く。

 商人の瞳はすでに無かったが、その奥には未だに消えない復讐の炎が宿っていた。


(ワシは……必ずこの魔女を……殺す)



 ◇



 国

 不老

 異世界召喚の秘術




 オアシスが少女に与えた3つの奇跡。


 少女は大きくなっていく国を持て余したので、目についた没落貴族の少年に任せ、王族とした。

 自分は聖女の地位に着き、離宮を建て、若い男と年中遊ぶ自由気ままな人生を謳歌する。


 面倒だったのが他国からの暗殺者の存在だが、異世界から召喚した戦士にはスキルや能力を与える事が出来たので、それを護衛に当てた。


「我、アルタルシアが願う、異世界の者よーー」


 異世界人召喚は離宮の最奥で行う。

 ここで意識を集中し、自分の護衛として相応しい、若くて健康な男を呼ぶのだ。


「今回も与えるスキルは、強化体、不老(弱)、観察眼……とりあえずこの3種類でいいわね」


 ・強化体……身体能力が数倍になる。

 ・不老(弱)……老化が遅くなる。聖女は不老(完)で、一切老化しない。

 ・観察眼……相手の情報を見る事が出来る。


 聖女が目を閉じると、扉の向こうに異世界から召喚した存在が見えた。


 ……どうやら対象人物が狭い空間にいたらしく、余計な人間や物まで連れて来てしまったようだ。


「やれやれだわ。……まあ対象以外は眠ってるし、あとで砂漠にでも捨てておけばいいわね」


 聖女は扉の前で新たな護衛となる人物を待つ。


「ふふふ、ようこそ私の国へ」

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