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7. 砂洗い

 ぺたり、ぺたりと。


 何かが体を這っている……。


(冷たい……)


 冷たさが気持ちよくて、覚醒しかけた意識は再び眠りにつこうとする。


 ぺた。 ぺた。


 だが、誰かが体に触っていると、頭の片隅で意識したとたん、危機感から私はハッと目が覚めた。


「……誰っ!?」


「うわっ!」


 急に声を上げた私に驚いたのか、目の前にいた自分より年上と思しき男は面食らった顔でこちらを見ていた。

 問題なのは男の年齢ではなく、男の格好だった。上半身肌な上、腰に布だけ巻いた格好でなにか液体のようなもので私の体(何故か裸)を触っていたことだ。


 声にならないとはこのことだろうか、慌てて周囲を確認する。私は今ベッドのようなものに寝かされているのか、慌ててシーツを体に巻く。

何だかやたら全身が痛いけど、まさかこの変質者に何かされたのだろうか。


「あなた……何者……!?」


「……命の恩人をそんな目でみないでくれ」


「そんな目……!?」


 目は私が一番気にしているというのに……。ああ、ゆーちゃん……変質者にそんな目って言われたよぅ……

 ……。

 …………。

 ………………。


「あああああああああああああッ!!」


「わっ、今度はなんだ! 急に叫ぶな!!」


「ゆーちゃんがッ!ゆーちゃんがッ!ゆーちゃんがッ!ゆーちゃん!!ゆーちゃん!!ゆーちゃん!!」


「ちっ、混乱してんのか!? 面倒くせえ……!」


 男が何か言ってるが、頭に入ってこない。

 思い出した、そうだ、バスは何故か砂漠にあって、サソリが出て、そのあと……!!


 私はただ無我夢中で叫び続けた。

 今はただただ、ゆーちゃんが落ちていく姿が頭から離れない。

 どうすればいいのかもわからない。誰か、お願い、助けてください、ゆーちゃんを助けてください!!


「助けてやろうか?」


 突然。

 まるで私の心の声が届いたかのように、今、私が最も欲してやまない言葉が聞こえた。


「ザンゴス、何で来た」


「お前の部屋の前に来たら、えらい大声で叫んでる声が聞こえたんでなぁ」


「助けてやると言ったように聞こえたが?」


「言ったぜ」


「お前が、か?」


「おうよ、俺様は紳士だからな。女を助けるのは当然だろう」


「笑えない冗談はやめろザンゴス」


「冗談とは酷い野郎だ……。 お嬢ちゃんは助けて欲しいだろ?」


 ……急に出て来たこのザンゴスとかいう男を見る。

 まるで盗賊の親玉、というような顔立ちに、知性と下劣が入り交じったような目をしている。


「……あはは、助けてくれるんですか?」


 私はもう何でもよかった。

 こんなわけのわからない状況で、一体誰が何を出来るというのか……?


「……おい女、自分を捨てるような真似はよせ」


 最初に居た男は、どうやら私を心配しているようだけど、余計なお世話というやつだ。


「ジェイド、余計な口をはさむな」


「……はあ、折角助けたのに、こんなんじゃ意味なかったな」


「俺は今ほどお前の仕事ぶりに感謝したことはないぜぇ」


「……本当に助けてくれんですよね」


 実際のところ、私は全く期待していない……


「ああ、お嬢ちゃん、あんたの目に誓おう」


「!!」


 また、目か!

 ふざけるな、ここに来てどんだけ私の神経を逆撫でするのか!?


「あんたの目はこの国の守り神とそっくりだ、綺麗で力強い……いい目だ」


「そうだな」


「……守り神……」


 神様と似た目、それも守り神の?

 笑わしてくれる、だから私は助かったとでも言うのか?


 でも、神……


 そうだ、神だ。


 異世界転移、異世界召喚にお約束なもの、それは……!


 召喚者の存在だ……!!


 そうとも、私は自分がどうなろうとも、殺さねばならない存在がいる事に気が付いた。



 ◇



「それで、女。名前は何て言うんだ?」


「名前……?」


「ああ、いつまでも女って言われても気分よくないだろ?」


「気分……? 私の気分がこれ以上悪くなる事はないですけどね……」


「はぁ~」


 私の返答に、男は深いため息をつく。


「助けてやった礼もないし、かなり、最低な女だな」


「くくくっ、ジェイド、お前は相変わらずの空回野郎だな。だが、名前は俺も聞きたいな、お嬢ちゃん」


「……朝倉蝶子」


「アサクラチョーコ……変な名前だな」


「くくっ、なるほどな、お嬢ちゃん、あんたやっぱり異世界人か」


「!」


 ザンゴスと言う男を見る。

 異世界人……この言葉が出るということは……


「あなた、何か分かるの……?」


「ふぅむ……わかるといえば、わかるがねぇ……」


「ザンゴス、もったいぶるなよ」


「正直、今のお嬢ちゃんに教えていいものかどうか……」


「お願い!教えて下さい!!」


「最初はそのつもりだったし、助けると言ったのも嘘じゃない。だがお嬢ちゃんにはこの世界の知識が無さすぎる」


「だって、それは……!」


「俺も忙しい身でね、教師役をやってる暇はねえんだわ。……ジェイド、お前、しばらくお嬢ちゃんに付いてやっててくれよ」


「は、俺が? もう嫌だぜこんな礼儀知らず」


「そう言うなって、これは依頼だ、報酬も出す」


「ちっ……報酬はもらうが、教師役なんてごめんだぞ。俺の後ろを適当に付いて来さすだけでいいだろ?」


「ああ、それでいいぜ。気が向いたら教師役もやってくれりゃもっといいが……じゃあな、お嬢ちゃん、次に会ったら色々教えてやるよ」


 一方的に話を打ち切ってザンゴスという男は部屋から出ていった。

 残された私は、このジェイドと呼ばれていた男と二人になって非常に空気が重い。


「アサクラチョーコ」


「……チョーコでいいです」


「そうか、チョーコ。依頼されたから、一応は面倒を見てやる」


「……ありがとうございます」


「あのなあ、いつまでも変質者を見る目で見ないでくれるか? 薬塗ってただけだからな!?」


「……理解してます……ジェイドさん」


「ジェイドでいい。……そうだな、あと3日くらいはゆっくりしてろ、俺は仕事でいないが、飯は適当に置いておくから」


「仕事……何をしてるんですか? 私もする事になるみたいですが……」


「冒険者だよ。……でも、ランク外のな」


「ランク外?」


「ああ、冒険者はランクがあるんだよ。俺は、ランクすら無い底辺だから……『砂洗い』って呼ばれてるんだが」


「砂洗い……」


「砂漠で冒険者やるのに補助装置が必要な奴はランク外にされるんだ、装置が壊れたら、そこでおしまいだからな。たぶん、チョーコもそうなるだろう」


「……です、ね」


 喋っていると再び睡魔が襲って来た。


「もう寝てろ、3日後、傷が癒えてたら、ギルドに連れていってやるから」


「……はい。 ……ジェイド、ありがとう……ございます……」


「……ああ」


 ジェイドの返事を聞くと同時に、私はストンと眠りについた。

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