5. 閑話 ~火屋台シジの事情~
前半はシジ視点です。
やっぱ、合わねえな。
オレはバスの中で静かに目を閉じていた。
前を見ても、後ろを見ても、真面目な奴、真面目な奴……
「「シジ君こっち向いてー♪」」
「いやっほーぅ!!」
「ほらー、やっぱり起きてたー!」
「ウヒャヒャヒャ、やっぱりわかっちゃう~?」
「「わかる~~♪」」
「「おーい、シジ、トランプしようぜ!」」
「おいおい~、こんな狭いとこでトランプかよぉ~」
「「シジ~」」
「おーう!」
……はぁ、全く、オレも付き合いがいいねぇ。
ん、聖の奴はバスの前で先生となんか喋ってやがるな……
ったくよぉ、真面目扱い嫌ってるのになーんで断らねぇかねえ……
オレは聖の後ろに行って声をかけた。
「聖ぃ~今日は尻見ねぇの~」
「お、おまっ!!」
案の定、聖は大慌てでこっちを振り返った。
「え~~なになに何の話?」
「いやー、ミキちゃん、それがねぇ」
「……みんな!! バスの中で立ち歩いたら危ないよ、それに、運転手さんも気が散る。 もし事故が起きたら楽しい修学旅行も終わってしまうよ。少しだけ、声を落とそう!」
「そうねー」
「りょーかいだぜ、級長!」
「さすが級長!」
「さす級!!」
「お兄さま!!」
聖の一言でクラスメイト共はイスに座って隣同士で静かに喋り出した。
「やるねぇ、聖」
「お前も座ってろ」
「へーい」
「ふむ、流石聖だな、先生も鼻が高い」
「……ありがとうございます」
……まーたイラついてんじゃねえか、この馬鹿野郎が……
オレはもう一度寝る事にした。
聖の一言でもうオレの眠りを邪魔者する奴もいないだろう。
……はやく終わんねえかな……
いや、家に帰りたくないから終わらない方がいいのか……?
でもこいつらといても楽しくねえしなあ……
……などと、どうでもいいことを考えている内に、オレは眠りについた。
バスの揺れがしない……
どれくらい時間が経ったのだろう、目を覚ましたオレは、真っ暗なバスの中にいた。
「……なんだ……?」
オレは周囲を見渡す。
辺り一面真っ暗だ。
……え、なんだ、まさか夜なのか?
「「スー…… スー……」」
「ね、寝息……?」
暗闇の中、目をこらしてよく見ると、クラスメイト共の姿がぼんやり見えて来た。どうやら全員、寝ているようだ。
「一体なんだってんだ……」
オレは立ち上がり、バスから出てみようと思ったが……
「まあ、ドアは開かねえよな」
オレは横の窓を開いて、そこからスタッと飛び降りた。
「ふーん……」
ザッ、ザッ、ザッと、よくわからない暗い空間を歩く。
「石造りのようだが……」
しばらく何もない空間を歩いていると、遠くにうっすらと光が出ているのが見えた。
「へっ、ちょっとワクワクして来たじゃねえか……」
オレはこのクソッタレな人生が変わるのを期待して、光に向かって歩き出した。
◇
~~聖視点~~
急にバスを包んだ光。
あまりのまぶしさに目を閉じて、
気が付いた時
僕はありえない事態にただ呆然とするしかなかった。
「なんだここ……なんで砂漠……?」
「聖、ちょっと」
先生は僕を手まねく
「先生は運転手にバスの状況を聞くから、生徒達の方を頼むな」
……は?
僕も生徒なんですが!?
ああもう……こんな状況、僕にどうしろって言うんだ!!
クラスメイト達は僕の苛つきなどお構いなしに騒ぎ始めた。
さっきから異世界とか聞こえるけど意味がわからない。
ここ砂漠だろ、異世界ってなんだよ。
いや、じゃあなんで砂漠にいるのかと聞かれても、わからないけどさ。
僕は収拾がつかなくなる前に、一旦クラスメイト達を冷静にさせる事にした。
こういう時はとにかく聞こえる大きな声で……
「みんな、一旦静かにしよう!」
……よかった、僕の声が聞こえたら、みんな静かになってくれた。
「みんな、混乱しているのは分かるけど、冷静に周囲の状況を見てくれ。ここは、砂漠のど真ん中なんだ」
僕がそう言うと、クラスメイト達は周囲を見渡し出した。
よし、後は先生に任せよう……
僕は先生を呼び、今のバスの状況を聞いた。
すると、バスのガソリンがなぜか空になっている事、砂に埋もれて全く動かせない状況だと伝えられた。
それを聞いたクラスメイト達はパニックになり、バスがカタカタ揺れるほどに大きな波となった。
くそっ、もう僕じゃこんなの止められない!
そう思った時、ふと、何かが足りない気がした。
「……シジ……?」
そう、シジの姿がどこにも見当たらないのだ。
僕はシジが座っていた場所を見て……そこの窓が開いていることに気付いた。
「まさか、外に出た……!?」
いや、いくらシジが馬鹿でもそんなの自殺行為だって、わかるはずだ。
僕は窓から遠くが熱で歪んで見える一面の砂漠を見る、こんな中を出ていくなんて無茶だ……!
「うわああっ!!」
僕がシジを探している間に何があったのか、男子生徒……彼は田中ケイタか。
田中ケイタが急に叫び声を上げて、イスから滑り落ちていた。
「なんかでっかいサソリがうじゃうじゃいるよぉーーーー!!」
田中ケイタは窓を指差してそんな事を言い出した。
クラスメイトが窓にわっと集まって行く。
ああ、もう、ケガするぞ!!
僕は女子生徒が押し出されてふらついたのを見て受け止めようと手を伸ばしたのだが、その女子生徒が朝倉さんだと気付き思わず手が止まってしまった。
「……大丈夫か?」
動揺を悟られないよう、ちょっと硬い声で言ってしまった。
「……なんとか」
彼女は小さな声でそれだけ言うと、志娜の横にちょこんと座ってしまった。
……こんな状況で、僕は何を考えている。
冷静になれと僕は団子状態でぎゃーぎゃー騒いでいるクラスメイト達を一喝する。
「みんな、あまり声を出さない方がいいと思う!!」
だが僕の注意も意味がなかった。
なぜならサソリはすでに攻撃態勢に入っていたのだから。
男子の誰かが窓から離れろと叫んだのを最後に、バスの中はサソリに蹂躙されるクラスメイト達の血で真っ赤に染まった。
「……はあ、……はあ」
僕は手にした鞄で自分を攻撃しようとハサミを振り回すサソリを押さえるのに手一杯でとても他人を助ける余裕なんてなかった。
「助けてっ、級ちーーーぐえっ」
目の前で女子生徒が肉塊になる……
「ひっ、聖っ、私を助けろっ」
先生は群がるサソリを蹴りながら僕に助けを求める。
ふざけてんのか!?
「聖ぃぃぃぃぃっ、ぐげっ」
先生もまた、肉の塊となった。
とはいえ、僕も、直にそうなるだろう。
……最後に一目と、僕は朝倉さんの方見る。
彼女は窓から脱出しようとしていた。
「ははっ……どうにか、生き延びてほしいな」
無茶な願いだと分かっていても、そう思わずにはいられない。
……だが、砂漠の飢えたモンスターが、格好の獲物である僕たちを逃すはずがなかった。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
謎の振動、逃げ出すサソリ達。
僕は恐怖で息が苦しくなる。
「いやいやいや!! こんなの、絶対やばいやつじゃないか……!!」
次に僕を襲ったのは、浮遊感。
バスは一気に垂直に持ち上がった。
「ああああああああっ!!」
みんなの顔が絶望に染まっている。
……ガァン!!
フロントガラスに思いっきり叩き付けられ、呼吸が一瞬止まる。
うあああ……全身が痛い……
「ハァ、ハァ、ハァ……」
目を開いた僕が見たのは……巨大な歯。
くそ……!! ああ、くそ……!!
こんなのが最後に見る光景だなんて、冗談じゃない、何か、何かないか!?
しかし、その巨大な歯を持つ怪物は容赦なく僕たちを振り回す。
もう何も出来ない……
そう思った僕のすぐそばに、また新たに誰かが叩き付けられた。
彼女は……
「……志娜……」
ずりずり近寄ると、呼吸はしているものの、すでに虫の息で……
だが何か呟いているのがわかった。
「……ちーちゃん……私のぶんも……生きて……」
その言葉を最後に彼女は息をするのをやめた。
「……僕のぶんの願いも、それで頼む……」
僕は目を閉じて、こんな状況を作り出した奴に呪詛を吐く。
絶対に許せない。
もし、生きて会ったなら必ず報いを受けさせる。
だが死を目前に、クリアになった思考は一つの考えを浮かび上がらせた。
消えたガソリンと、消えたシジ……
「まさか、お前」
――――――思考は、闇に呑まれた。




