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4. 閑話 ~志賀野 聖の事情~

前半は学校での級長視点です。

『志賀野は真面目だな』


 ……はあ、またか。


 日直が消さずに帰った黒板を、僕が綺麗にしていたのを見かけた先生が言った言葉だ。


 僕は人生で後何回この言葉を聞くことになるのだろうか?

 先生は、きっと本心からの誉め言葉なんだろうけど……


「うれしくないんだよな」


 真面目と言われる度に、『使いやすい奴だな』と言われた気分になる。


 やりたい事をやっているだけなのに『真面目な級長』としてしか評価されなくなってしまうのが、とても嫌だ。


 違うんだ、僕は別に褒めてほしくてやっているわけじゃない。

 誰もやらずに、やるべき事が放置されているのが気に入らないだけなんだ。

 誰かがやっていたら、僕はやるつもりなんてないんだ。

 ……まあ、誰かがやっているのを見たら、僕はきっと自然に手伝おうとするんだろうけど。


 真面目……?

 違うよ、ふざけれないだけなんだ。


 自販機で紙パックのコーヒーを買って僕は一人で下校する。


(眠い……。 帰って、食事……風呂に入って……予習して……)


 これからの行動順を頭の中でシミュレートしていると、前を女子生徒二人が仲良さそうに歩いているのが目に入った。


 あれは、クラスメイトの志娜と朝倉さんか……


 志娜は、名前順で並ぶ時など、いつも近くに並ぶ。

 その関係で、彼女とは普段から会話するようになり、僕が気安く喋れる女子の一人だ。

 ……というか、彼女はおしゃべりなので、僕が横で黙っていても構わず話し掛けてくるせいなんだが……

 その性格もあって、彼女はクラスでも人気がある。

 ……ほとんどの男子は胸の方に目が行っているわけだが。


 逆に、朝倉さんは滅多に男子とは喋らない。

 まあ、志娜以外の女子ともあまり喋ってるところは見ないけどね……

 当然ながら、僕も朝倉さんと喋ったことはあまりない。

 日直の時、一緒になった時くらいかな?


 朝倉さんは自分の目を気にしているようで、他人と目を合わすのが苦手と、志娜から聞いた事がある。

 確かに彼女は少しつり目で、黙って座っていたら、怒ってるように見える。

 僕でなくても話しかけるのに躊躇してしまうよな。


 でも、黒いサラサラのロングヘアーは、彼女の物静かな性格と相まって完璧に和風美人を演出している。

 そこから一転して鷹を思わせる鋭い目つき。

 その静と動が醸し出す美に、男子の一部には熱狂的なファンもいるのだ。


 かくいう僕も、彼女の見た目はすごい好みだ。


 そこまで考え、ちょっと気恥ずかしくなった僕は歩くスピードを落とし、二人から離れようとた。


 だが。


 背後からそれを邪魔する奴が現れた。


「よう、聖ぃ」


 僕の肩に腕を回し、体重を掛けてくる男……


「重いからやめてくれないか? シジ」


「えぇ、オレそんなに重くねえだろぉー?」


 間延びした口調と、態度の悪さ……

 火屋台(ひやたい)シジ、……残念な幼なじみだ。


「シジ、こんな時間にお前がいるなんて珍しいな」


「親父がよぉ、家に入れてくんねぇんだわ……ったくパチンコで負けたからってオレに八つ当たりだぜぇ?」


「親父さん、またか……」


「ああー、おふくろがいなくなってからもうダメダメだわ……

 っつーことで、家に入れてくれよ聖ぃ。 ……じゃないとぉ、前の二人にお前が後ろからケツ眺めてたって言うぞぉ~?」


「んなッ!?」


 ウヒャヒャと笑うシジを睨む。


「お前、ふざけるなよ……! もしそんな事言ってみろ……!!」


「ウヒャヒャ…… 聖、冗談だって、冗談! ごめんちゃい!!」


「全く……」


「でも、結構ぉ、真剣に見てなかったぁ?」


「フン、お前じゃあるまいし。僕がそんな下劣な行為をするわけがないだろう」


「聖クンは潔癖症だな~」


「もういいから黙って付いて来い」


 全く、相変わらず下品な奴だ。僕がそんな事するわけないだろう。

 この頭の悪い幼なじみを意識の外に追いやって黙って歩く。


 む、志娜と朝倉さんはコンビニで今流行りのドリンクを買って飲んでいるな。

 一体何の会話をしているのか、ずっと二人は楽しそうに笑っている。

 うーん、今みたいな笑顔でいたら、朝倉さんはもっとクラスに溶け込めそうなんだけどな。


 ……ふと。なんとなく、さっきのシジとの会話を思いだし、視線が彼女のスカートあたりをさまよってしまう。


 ふむ……ここは志娜より朝倉さんの方が大きいかな……


 ……いや、これは違う!

  くそ……いかん、視線がもどらん!


「……聖ぃ」


「……黙っていろと言ったはずだが?」


「あー……うん、でも一つだけいいかぁ?」


「まあ、いいだろう」


「お前ってムッツリだよな」



 やれやれ、僕は黙秘した。





 ◇





 ~シジ視点~




 つまらねえ。


 聖が早朝6時にセットしていた目覚まし時計が鳴る前に、オレは部屋から抜け出た。


 ……吐く息が白い、霧が出ている中を、オレは走る。


 家に帰ると玄関の鍵は、やはり掛かったままだ。


「チッ!!」


 ガンとドアを蹴り、その場にしゃがみこんだ。


「……はー、もう出て行こうかなぁ、こんな家……」


 つーか、なんでオレはこんな真面目に学校行っているんだ?

 オレは……聖じゃねえんだぞ。


 オレは大嫌いな幼なじみを思い浮かべた。


「幸せな野郎が……」


 あいつが、どうでもいいことでウジウジ悩んでいるのをオレは知っている……


「真面目な奴は、大嫌いだ」


 真面目な奴ほど、一度枷が外れたら取り返しがつかないほど堕ちるから……


「なら、最初から下衆でいろよ」


 ……だからオレは、下衆でいると決めた。


「全部、ぶっこわれねえかなぁ……」


 そういえば、もうすぐ修学旅行だったか。


「……ま、高校くらいは、卒業しとくかねえ」

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