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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

千年ぶりに目覚めたら、存在すら疑われていた魔王のワシ

作者: 村岡みのり

「ん? なんじゃ?」


 これまでと違う風景。殻が剥がれると、いつもそこはワシの部屋だった。

 それなのになんでワシ、広間の……。しかも台座の上に立っているわけ?

 見れば広場に居る人間たちがポカンと口を開け、ワシを見上げている。

 ぐるりと辺りを見渡せば様々な建物が並び、そこはワシの知っている風景ではなかった。慌てて眠っていた間の『世界の記憶』を確認する。


「えー……。ワシの城を……。魔王の城を壊して町を造ったんかい……。壊すか、普通……」


 がくりと肩を落とす。気合いを入れてデザインから考えた愛着ある城が、跡形もない。仕方ない、造り直すかとため息を吐くと、黒い帽子を被った男が片手で警棒を振り回し、笛を鳴らしながらやって来た。


「おい、お前! 魔王の像をどうした! なぜお前がそこに立っている! 魔王そっくりな恰好までしおって! 大きな角まで頭につけて大層似せた恰好だが、像を盗んだのは犯罪だぞ⁉」


 どうしたと言われても、封印が解けた魔王のワシが立っているだけなんじゃけど?


「封印が解け、魔王のワシが蘇って立っているだけじゃ」


 正直に答えたのに鼻で笑われた。なんかこいつ、ムカつくな。


「馬鹿を言え。魔王は千年も前に封印され、二度と封印が解かれないと言われているんだぞ? いや、実在したって話も怪しいもんだ。とは言え歴史的彫像には違いない。言え、魔王像をどこへ隠した! いつ入れ替わった!」

「いや、だからワシが魔王……」


 聞いちゃくれない。

 ギャーギャー叫びうるさいので、耳の穴に指を突っ込む。

 うん? なんか世界から魔力も減っておるな。千年前は魔法使いが腐るほどおったというのに、今ではわずかしかおらんじゃないか。


「とにかくお前を逮捕する! 署でじっくり話を聞かせてもらうぞ!」


 男がいい加減うっとうしくなってきたので、指を耳から離すと空中で弾く。

 瞬間、目には見えない攻撃破が走り、進行方向の先にあった建物を崩壊させる。

 一瞬静寂に包まれた後、誰かが叫んだと同時に人間たちは声をあげることを思い出し、我先にと叫びながら逃げ始めた。ワシに話しかけてきた男は逃げるどころか、腰を抜かし座りこんでいる。なんじゃ、ただ威勢がいいだけの弱い男か。つまらん奴じゃ。


「だからワシが魔王だって言っておるじゃろ。人の話を聞かんか、小僧」


 爆発を合図に、次々と腹心たちの封印も解かれる。


「あらあら、魔王様。私たちの居城、人間に取り壊されましたの? 私の美しい調度品やドレスのコレクションが無くなるなんて……。困ったわ、どうしましょう」


 水色の腰まで伸びている、長く少しウェーブのかかった髪の毛の持ち主である美しい女が、豊満な胸の谷間を見せつけるドレスを着たまま頬に片手を当て、少し首を傾げる。実に可愛らしくもあり美しく見惚れる姿じゃが、ドレスや調度品を奪われ怒っているとワシには分かるぞ。

 それから頬に当てていた手を口元に寄せ、手のひらにふっと彼女が息を吐けば、たちまち冷気が発せられ辺り一面が凍りつく。凍った足を地面にくっつけ動けない人間が助けてくれと叫ぶが、知るか。人の家を壊し、敷地を奪ったお前らが悪い。

 しかも存在まで疑われ、ただの彫像にしか思われていなかったとは……。魔王への畏怖がたった千年で失われるものなのか。信じられん。


「そうか、冷たいのは嫌か。では溶かしてやろう」


 屈強な体つきをした、まるでトカゲのような見た目の男が二足歩行で現れる。エルオンという名のそいつが口から炎を吹き出し、辺りを溶かすどころか燃やし始める。


「もうっ。せっかく私が芸術的に凍らせたのにっ」


 ぷるるんと胸を揺らしながら、シェロが本気ではないが頬を膨らませる。その顔も実に愛らしい。


「新しく城を造り直すには、建物が邪魔だよねえ。よし、壊そう」


 ピエロの恰好をしたハジャタがそう言うと、どこからともなく剣を取り出し、両手で一本ずつ握ると振る。途端に風の刃が走り、建物を粉砕していく。


「じゃあ……。僕は更地にする……」


 見た目は幼子のくるくる金髪巻き髪のナトゥルはまだ眠いのか、あくびをすると呪文を唱え両手を地面につく。崩れた建物はさらに細かく分解され砂となり、やがては塵となると風で飛ばされた。

 うむ、ではこの更地の上に新しい魔王城を建設するとするか。デザインはどうしよう。外壁は黒か? やはり魔王って言えば、黒のイメージじゃろ? そうじゃろ?


「ああん、ナトゥルったらぁ! ドレスを売っている店まで無くしちゃうなんて酷いわ! 新しいドレスが欲しかったのに!」

「自分で作ればいいじゃない……」


 そう言うと、よっこらせと、更地になった地面の上に寝転がるナトゥル。こいつは本当、面倒くさがりの性分はいつまで経っても変わらんな。しかも親父臭いというか……。爺臭い奴よのう。


「ほ、本当に……? 本当にお前、魔王なのか……⁉」

「だからそう言っておるじゃろう。ちゃんと人の話を聞かんか。生き残ったついでに、ワシが蘇ったと他の人間に言い触らしてこい!」


 警棒を持った男の襟首を掴み持ち上げると、近くの人口が多い辺りに向かって男をぶん投げる。

 うむ、いい感じじゃ。目的地まで飛ばせられたぞ。


「魔王様ったらぁ。あの男、魔法を使えない人間ですから無事に着地できませんわよ? 地面に激突するだけで、言い触らす前に死んじゃいますわ」

「そうか、使えん男だ」


 まあいい。とにかくワシは蘇った。ひれ伏せ、人間ども‼


◇◇◇◇◇


 多くの人間の命を奪い、更地となった場所に新しい魔王城を建てると、さっそく話し合いを始める。


「千年の間に魔法を使える人間が減りすぎておる。これではワシに戦いを挑む勇者が現れるとは思えん」

「ライバル役は必要……」


 ずずっ。と渋めの濃い茶を飲むナトゥル。こいつは本当、見た目だけが幼子で中身は年寄じゃな。


「じゃあ自分たちで作ればいいではありませんか」


 少し小さ目の剣でジャグリングをしながらハジャタは言う。相変わらず器用じゃなあ。ちなみにワシは、ジャグリング苦手。

 腕を組み考える。確かになんの役にもたたない石の塊を放つ大砲を使う馬鹿を相手にするより、そちらの方が楽しめそうじゃ。ワシにとって石の塊なんぞ、片手で受け止められる石ころじゃからな。


「じゃあその案でいくぞ」


 そこで魔法使いが隠れ住んでいる地域へワシたちは向かった。

 そこの連中はワシが何者なのか瞬時に見抜き、臨戦態勢を取る。どうやら魔王について語り継がれているようじゃ。よしよし、いい奴らじゃないか。ちゃんと魔王に対し畏怖の念もあり、ワシ、こういうのを望んでいたのじゃよ。


「落ちつけ、今日はお前らに危害を加えに来た訳ではない。ちょっと教えてほしいんじゃよ。なんで千年の間で、こんなにも魔法使いが減った?」

「お前が封印された千年で魔物が減り、魔法を使う機会が減ったからだ!」

「えー? 機会、減る? 空を飛べたり天候も操れたりして、便利じゃろう? なんで使わないかね。殺傷力だって大砲なんかより優れとるのに」

「何年経とうと人間が馬鹿な点は変わらんな」


 エルオンが自分の言葉に頷く。


「やだぁ。それで魔法使いは気持ち悪いとか言われ、迫害されるようになったのぉ? 魔物扱いなんて酷いわねぇ」


 知らぬ間に若い男衆を陥落させたシェロが、一人の若者をその豊満な胸の中へ抱き寄せると、よしよしと頭を撫でる。……あの若者、鼻の下が伸びとるぞ。そのうち鼻血が出るんじゃないか? こういう所は人間、何年経とうと変わらんな。


「じゃあじゃあ、私たちの仲間にならない? 迫害された恨みを晴らしましょうようよ!」

「イエス、ユア・マジェスティ‼」


 陥落された若者たちが右手を真っ直ぐ上げ、女王シェロに忠誠を誓う。

 おい、王はワシ。下僕になったお前たち、シェロを女王として崇めるのは勝手だが、そいつの上司はワシじゃから。そこの所、忘れるなよ?



「俺も連れて行ってくれ!」



 その時、一人の子どもが鋭い目で声を上げる。


「ほう……?」


 気概を感じる、いい逸材ではないか。目を細め、子どもを見下ろす。


「魔物がいる時は魔法使いを頼っていたくせに、魔物が減ったら魔法使いを魔物扱いして迫害し……。俺、許せないんだ……っ。俺たちだって人間なのに……。あいつらに復讐したい!」

「なにを言うのよビンティ! そいつは魔王! 人間の敵よ⁉ それに人間同士で争うなんて馬鹿な考えは止めて!」

「俺たちの敵は、俺たちを迫害する奴らだ! 向こうは俺たちを人間として見ていないじゃないか! いつも魔物扱いして、殺そうとしてくるじゃないか‼」


 ビンティと呼ばれた少年が、呼び止める少女の手を振り払う。二人がどんな関係かは知らんが、これは後々使えそうじゃ。


「人間、本人の意思を尊重してやれ」


 少女に告げると、ワシたちは仲間となった一部の魔法使いを居城へと連れ帰った。

 それから数年後……。


◇◇◇◇◇


「あの時、敵は自分たちを迫害する人間と言いながら、今ごろになりワシに歯向うとはな! 多くの術を教え、長年お前を育てたのはこのワシだ! その恩を忘れおったのか! 飼い犬に手を噛まれるとは、まさにこのことよのう‼ だがワシは負けんぞ‼」

「黙れ魔王! よくも俺の故郷の奴らを全員殺しやがって……! あいつらはただひっそりと暮らしていただけなのに、後々勇者が現れると困るからと身勝手な理由で殺しやがって……! 許せるものか! やっぱりお前は人間の敵だったんだ‼」

「そのワシについて来たのはどこの誰だ、ビンティ! 自分の言葉に責任も持てんのか⁉」

「うるさい‼ ああ、そうさ! 過ちを犯したのは俺だ! だから俺はお前を倒し、世界に平和を取り戻し過ちを正す‼」


 勇者ビンティの放った魔法がワシの胸を貫き、膝を折る。


「……最初から、あの村を……。お前を……。殺しておけば、良かった……」


 ワシとの激闘を終え、ビンティが気を失い倒れた。他の勇者パーティーの面々も次々倒れる。

 やがて静まりかえった広間の扉が開かれ、ハジャタがひょっこり顔をのぞかせる。



「魔王様、気はすみましたか?」



 ワシはむくりと起き上がり、きらきらとした目をハジャタへ向ける。


「どうじゃった? ワシのあの殺せば良かったってセリフ、どうじゃった? ワシは負けんぞ! とか言いながらあっさり倒されるのも格好悪くて、逆にいい感じじゃろう⁉」

「いやいや、今回は私の勝ちですよ。なにしろビンティに剣術を施したのは私ですからね。そんな私のセリフは……。強くなったな……。こんな未来になると分かっていれば、お前を鍛えなかったのに……。ガクッ。ですから!」


 そう言うと、胸を張るハジャタ。


「えー、ありきたりじゃん」

「私は今回、覚えていろ勇者! この恨み、末代までぇぇぇ! でした」


 うむ、エルオンのセリフもなかなかよのう。今度ワシもそれ、使ってみようかな。


「その点私は故郷が同じ下僕たちと戦わせ、高笑いをしましたのよ? ほほほほほ! 同郷の者たちと殺し合いをするとは、それでも勇者なの⁉ 人間を殺すその罪に、一生苛まれると良いわ! でしたの」


 人類を救うために立ち上がった勇者に、魔王側についた人間と戦わせ勇者を苦悩させるなんて、シェロの勝ちじゃん。だけど認めたくないワシは文句を言う。


「お前のその下僕を利用するの、なんかズルくない?」

「僕は……。我が子のように育てたお前が……。強くなったな……。ガクッ。にした」

「子どもの外見した奴がそんなセリフ、似合わないって!」


 剣をジャグリングしながらハジャタが吹き出す。


「そうよお。それに、いつもと同じじゃない。つまらないわぁ。せめて前回と違う内容にしなさいよぅ」

「考えるの面倒……」


 そう言うとナトゥルは、よっこらせと言いながら椅子に腰かける。


「とにかく魔王様、今回の遊びはいかがでしたか?」

「うむ……。とりあえず千年眠るのは長くて駄目だと分かった。次は短くしよう」


 ビンティの頭に触れ、ワシを封印できたという偽りの記憶を埋め込む。もちろん勇者パーティーの連中、全員にも。


「コイツはまだ若く伸びしろがある。数年後に目覚め、まだまだ青かったな小僧! 見ろ! この通りワシは復活した! と言ってやろう。あ、なんかこれって恰好よくない? いいセリフじゃない? いい感じじゃろ?」

「毎回あなたがお考えになるセリフを言いたいだけに人間を利用する遊び、いい加減に止めませんか?」


 エルオンは人間が気の毒だと言うが、言い返す。


「なにを言う! 世界が滅びぬ限り死なぬワシにとって、これくらいしか遊びがないのだぞ⁉」

「世界が終わる時が、魔王様……。いえ、神様の最期でしょう。そんな時、やって来ますかね……」


 いつの間にか杖を取り出し、その上に手を乗せ背中を丸めているナトゥルが呟く。


「でもでも、私は楽しいわ。普段は美の女神として祀られているから、悪女の真似事って面白いの」


 ぷるるん。両手で拳を握り、ぴょんぴょん飛び跳ねるシェロの胸が揺れる。あの胸こそ、最大の武器じゃね?


「確かに死ぬことのない我々にとって、娯楽は少ないですが……」

「今回は千年も眠っていたからか、人々の神への信仰心も薄れていたし……。魔王の存在すら眉唾物と疑われていた。もっと世界を創造した我々を敬ってほしいもんだ。それで困った時だけ我々にすがり願うとは、都合のいい話だと思わないのかね。神様、なんでこんな生き物をお作りになった?」


 ハジャタがジャグリングを止める。

 ……この質問、以前もされた気がする。ワシの気のせい?

 それも仕方ないか。世界を生み、その直後に生み出したのがこの四人。こいつらが滅ぶ時は、ワシも世界も滅ぶ時。世界とともに長く生き続けておれば、同じ質問をされることもあるじゃろう。


「不合理な存在にすれば行動が読めないと思っただけじゃよ。実際そうじゃろう? 優れている魔法を気味悪がり、魔物と言い迫害しておきながら、魔王が蘇り魔物が闊歩するようになれば態度が一変。魔法使いたちを持ち上げ始め……。ふふっ、退屈せんではないか」

「それには同意ですな」

「そうねえ。自分勝手だからこそ、愉快な生き物だわ」

「あいつらもまさか崇めている神と、忌み嫌う魔王が同一の存在とは思っていないでしょう」

「どうでもいいから、さっさと寝よう……。疲れた……」


 だからお前はもうちょっとやる気を出さんか、ナトゥルよ。

 それからワシたちは各々勇者に倒された場所に戻り、己に三年後目覚める魔法をかけ、殻に覆われていく。


 あー、三年後にワシの考えたセリフを聞いたビンティはどんな反応を見せるかな? 悔しがるかな? やっぱり違うセリフにしようかな? 先代勇者はワシを千年も封印できたのに、貴様はたったの三年か! なんて言えば悔しがるかな。悔しがるよな? あー、やっぱりこっちのセリフにしようかな。


 ビンティはまだ若い。

 もう少しワシの遊びに付き合ってもらうぞ。


 三年後に期待し、ワシは眠りにつく。


 あ、そうじゃ。魔王城を眠っている三年の間で壊すなよ? 壊したらワシ、暴れまくるからな? ああ、しまった……。魔王城、壊すのは禁止って立札、掲げておけば良かった…………な………………。






お読み下さりありがとうございます。


◇◇◇注意◇◇◇

現在、誤字報告は受け付けておりません。詳しくは活動報告か「誤字報告機能について」という作品をお読み下さい。


◇◇◇参考文献◇◇◇

「英国社交界ガイド」

著・村上リコ

発行・河出書房新社

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― 新着の感想 ―
[良い点] 神様の残虐さが素晴らしいです! そうだよ、神様って多分こうだよ、てうなずきました。
[良い点] キャラクターが好き こういう上位存在の身勝手というか、もう災害みたいなモノがなんでそうなのかとか考えるだけ無駄な設定が好きです [気になる点] 勇者の視点、人間の視点、魔法使いの視点と色々…
[良い点] 短編らしい短編というか 短編というなのプロローグとか未完作品が多いなろうで ちゃんと短編らしい短編 最もこのネタで長編やられたら、 最後で読者があばれるだろうけど
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