祝福されたマリー
街外れのまっさらな丘に、ポツンとレンガの家がある。そこに、一人の少女が入って行った。
真っ先に、暖炉へ向かい、薪に火を点けると、ゆらゆらと燃え始めた。
「ふぅ~」
少女、マリーは気の抜けた顔で、炎の前に座る。金髪が照らされ艶やかにきらめく。
「まだ昼なのに、今日は一段と寒いわねぇ」
色白の細い体をプルプルと震わせる。肌の表面は温まってきたが、まだ体の内側は冷え切っている。
「紅茶でも飲もうかしら」
マリーはおもちゃのような小さなステッキを握る。そしてもう片方の手に向けてステッキを振る。
「えいっ」
掛け声とともに、手の中にポワンと、煙が起こった。
煙はすぐに消える。すると、何もなかったはずの手に、ティーカップを持っていた。中には赤めの液体が湯気を上げ、香ばしい香りを漂わせる。
マリーは一口飲んで、また「ふう~」と息を零した。
「さてと、そろそろお仕事しないと」
部屋はそれなりに温まった。
マリーは火の温かさを惜しみつつも立ち上がる。
今日は、世界を治め、善良な人間に恵みを与えし神、クリスが生誕した日だ。人はその日をクリスマスと呼ぶ。
夜には生誕祭が行われ、街中が賑わう。商人がここぞとばかりに鶏肉を売り、旅芸人が大通りで踊り、吟遊詩人が歌いだす。
そんな街の一角には、身寄りのない子供達が住む屋敷がある。そこでもクリスマスパーティーが開かれ、子供達はささやかなプレゼントを待ちわびている。
パーティーではお菓子をいっぱい用意する。一緒に暮らす大人達は、お菓子がおいしいと噂の、丘の上の少女に注文することにした。
マリーは机の前に立ち、ステッキを小刻みに振る。
「ちちんぷいぷいのぉ、えいっ」
大きく振って、ステッキの先を机に向ける。
すると机全体が、モクモクとした煙に包まれた。
「予想以上に魔力使っちゃった。うぅ……」
体内の魔力が減って、マリーは倦怠感を覚えた。今日はもう魔法は使えそうにない。
煙が晴れると、机の上には一面、山積みになったお菓子があった。
「人数分だけど……ほんとにいっぱいあるわね」
カラフルなプレゼント箱や、可愛らしい小袋、動物の絵のある缶詰などがあった。
「これだけの量……入りきるかしら?」
マリーは側にあるペシャンコの袋を見て心配そうに言う。袋は白色で、腰ほどもある大きさだ。
この袋は、サンタ袋として扱われる予定だ。サンタクロースの恰好をした大人がこのサンタ袋を持って、パーティーが始まると子供達の前に現れるという寸法らしい。
「まあ袋も大きいし、きっと大丈夫ね」
時間にはまだ余裕がある。取りあえず、一つづつ丁寧に入れてみる事にした。
「箱や缶詰は頑丈だから下に入れて……クッキーの袋は、割れちゃいけないから後にして………」
お菓子包みをサンタ袋に積んでいく。隙間を作らないようにしっかりと。
「これなら入りきりそうね」
どんどん袋の中に積み上げていく。
そしてとうとう最後の一個も、袋に収まった。
「ふーっ、おしまい!」
ペシャンコだったサンタ袋は、今やぎゅうぎゅうと膨れている。軽いお菓子も、積もればずっしりと重たい。
マリーはその場で軽快にステップして、スカートをふりふりと揺らす。
「これで後は~、袋の口を、結んで閉じるだけっ」
運ぶ途中で、お菓子が零れ落ちてはいけないので、しっかりと結んでおかないといけない。
マリーは袋の端っこを持ち、その反対側をもう片方の手で持つ。そして両端を近づけていって――
しかし、両端が後少しで触れるという所で、全然動かなくなってしまった。
お菓子が全部入ったのはいいが、やっぱり多すぎた。袋がお菓子に引っかかって、なかなか結べない。
「もうっ、後ちょっとなのに」
マリーは華奢な腕に力を込める。
「むー、このっ、うーん!」
さらに力を加える。やはり動かない。
「はぁ、どうしよう」
マリーは肩を落とす。
子供みんなの分のお菓子。責任を持って送り届けなくてはいけない。
「積み方を変えたら、ギリギリいけるかも」
マリーはサンタ袋の中を覗く。ピッチリと、お菓子包みが几帳面に整頓されている。これでは改善のしようがない。
「流石は私ね、見事なお菓子タワーだわ。……って、そうじゃないっ」
これでは、屋敷まで持っていけない。
結べないなら、他の方法でお菓子を運べないか考えよう。
「運び方、運び方、運び方……」
そもそも、サンタ袋が結べたとして、どうやって屋敷まで運ぶのか。
サンタクロースなら、サンタ袋を片手で背負って煙突に入ったり、トナカイの引っ張るそりに乗って空を飛んだりする。
だがマリーでは、重たいサンタ袋を屋敷まで持っていくには体力がないし、そもそもトナカイなんて飼っていない。
「街に着かないと馬車には乗れないし……私、なんて間抜けなミスをしちゃったのかしら」
結べなかったら道中で零れてしまう。しかし結べてもどのみち、重くて運べなかった。
「はぁ、困ったわ……」
マリーはため息を吐く。
「こんな時、便利な魔法があったらなあ」
そりや馬車を出現できたら。体力がとても向上したら。屋敷に瞬間移動できたら……。
色々と妄想するが、今のマリーではお菓子を出現させることもままならない。
「そもそも、私の腕で持っていくのができないんじゃ……あれ?」
そこで、マリーはふと思い出す。
そう言えば、倉庫には荷台があった気がする。木製で軽く、二対の車輪がついていて、マリーでも簡単に使える。
子供達が住む館までは、あまり凸凹した道はない。袋を乗せて荷台を引けば、そこまでの体力を使わずに辿りつけるはず。
「荷台のことを忘れてたわ。……でも、難しいかしら」
いくら凸凹しない道でも、多少の振動はある。放っておいても溢れんばかりに詰まったサンタ袋では、すぐにお菓子が落ちてしまう。
「うーん……」
マリーはどうしようかと首を傾げて唸る。
お菓子を入れるためのサンタ袋。サンタ袋を乗せるための荷台。
サンタ袋が荷台に乗せられても、まだスペースは残ってて……。
「あ、サンタ袋を使わず運べばいいだけじゃない」
お菓子を乗せるための荷台。簡単なことだった。
荷台に隙間なく積めば、道中で落ちる心配もなさそうだ。
「一体今まで何を考えていたのかしら、私……」
始めから荷台を使えば済んだことだった。
もしマリーがサンタクロース役だったら、地味な荷台と共に子供達の前に登場するのは、あまり見栄えがよくない。
しかしマリーの仕事は、お菓子を届ける事。サンタ袋に入れなければならない事はないのだ。
マリーは額を手で押さえる。サンタクロース姿に固執していた自分に呆れてしまう。
「あ、でも、そりを引っ張ってやって来ることもあるし、これはこれでサンタっぽいかも。……って、そしたら、私がトナカイじゃない」
マリーは何事も几帳面だ。そして、少し夢見がちでもある。
外で、フクロウが鳴いた。窓からは月光が差し込んでいる。
「いけない! もうこんな時間じゃない」
マリーは慌てて荷台を取りに行った。
その後、マリーは、パーティーが始まるまでに、無事に屋敷へ到着できた。
紅白のサンタ衣装をした大人達が出迎えたので、お菓子を受け渡した。
大人達はサンタ袋をいっぱい用意していたようだ。一つの袋にぎゅうぎゅう詰めすることなく、お菓子を複数の袋に分けて入れていった。
マリーはパーティーに参加しない。せわしなく準備する大人達を背に、帰路についた。
街はとても賑やかだ。
そこら中がキラキラとして明るく、楽し気な声でいっぱいだ。
街の活気のおかげか、マリーも、魔力が溢れる出すくらいに気分がいい。
――子供達は、喜んでくれただろうか。
マリー特性の、魔法のお菓子だ。きっと喜んだに違いない。
マリーは微笑んで、ひっそりと呟いた。
「……メリークリスマス」