8.未来の王太子妃
「本日はお招き頂きまして、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。ミルシェ様に来ていただけて、嬉しいですわ」
そう妖艶な笑みを浮かべながら答えたのは、ユベール殿下の婚約者リオノーラ・ケーニヒス侯爵令嬢だ。
ダークブロンドの髪を丁寧に編み込んだ髪型、少し垂れ目ではあるが目元にホクロがあり、それがますます彼女を魅力的に見せている。
13歳には出せない色気が滲み出ている。
「どうぞ、お座りになってくださいませ」
「ありがとうございます」
学校では休日などにこうやってお茶会を開く生徒がいる。お茶会を開く場所が学校側から提供されており、室内、庭などに何箇所か存在する。
派閥形成、情報収集などの目的がある。
一度目の生の時、私も月一くらいで開催していたお茶会だが、今回は一度もしていない。こうやって誘われれば訪れたりはするものの積極的にご令嬢方と関わろうと思わなかった。
友人と呼べるご令嬢方がいないわけではないが、やはり一線引いている部分がある。
一度目の生で、私には仲良しの友人達が沢山いた。けれどあの毒殺未遂事件の後パッタリと交流は無くなった。
毒殺未遂は公になっていなかったけれど、第一王子殿下との婚約が解消され、実質社交界から追放された私を心配してくれる友人はいなかった。
まあ、公にはなっていなくても、毒殺未遂は誰もが知るところだったのかも知れないが。
そんなわけで、友人達とは浅くゆるい関係を続けている。
もちろん未来の国母になられるリオノーラ嬢ともだ。このお茶会にも以前私の友人だったご令嬢が何人か参加している。
「とても美味しい紅茶ですわね」
「ええ、ボシェク地方の茶葉を使っておりますの」
「ボシェク地方の茶葉は、なかなか出回らないと聞いておりましたが、さすがはリオノーラ様ですわ」
ご令嬢方の会話を聞きながら、私も紅茶を飲む。僅かに果物のような甘みのある美味しい紅茶だ。用意されたお菓子も超一級品で、未来の国母として満点なおもてなしである。
リオノーラ嬢という方は本当に底が知れない女性だ。
一度目の生では、そこまで目立つ方ではなかった。もちろん、優れた容姿で人目につくという事はあったのだが、学校での成績も上位ではあるが10番くらいを行ったり来たりという程度、お付き合いのあるご令嬢方も多過ぎず少な過ぎず。
ところが今回の生では、一大派閥を築き上げているし、学校での成績も一位二位につけている。
つまり、以前の生では本領を発揮していなかったのだ。
私の派閥と衝突しないように細心の注意を払って行動していたのだと思う。
本当に、何から何まで私では敵わない女性だったのだなと思い知らされる今日この頃。
未来の国母に相応しい方だと思う。結果として私より彼女が王太子妃になって良かったと思うのだ。
「ミルシェ様、ルーファス様と仲睦まじいご様子ですけれど、やはり彼が婿候補なのかしら?」
突然リオノーラ様に話を振られ、私はハッとなる。
「え…ええ。まだ内々の段階ですが…」
「あら、そうなんですの…発表はなさらないのかしら?」
「…成人してからにしようかと」
「まあ、そうでしたのね」
リオノーラ様が和かな笑顔を向けてくると、それぞれのご令嬢方にルーファスとの出会いやなんやらなどの質問を受けて、私は少しうんざりしながらも失礼にならない程度に答えていく。
そして、最近の噂話などが話題に上がる頃、お茶会に珍客が現れた。
「リオノーラ、ここにいたのか」
「あらユベール殿下、どうなさったのですか?」
現れたのは、第一王子ユベール殿下。5年経ちあどけなさは残るものの、もうすっかり大人の男性といった風貌をしている。背もかなり伸びており、美しい金髪を靡かせていた。
第一王子の登場に令嬢達が色めき立つ。
ユベール殿下は不満気にリオノーラ嬢に声を掛けた。
「どうかなさっただと?婚約者に会いにきて何が悪い」
「まあ、そうですの。ですが私今は皆様とお茶会をしているのですわ」
「別に私が参加してもいいだろう」
ユベール殿下の言葉に、リオノーラ嬢は呆れたようにため息を吐く。
「ユベール殿下…私たちは婚約者同士といえども、未だ学生の身…今は各々の交友関係を広げる時期だとはお思いになりませんか?
学生時代の交友関係は将来的に重要になってくると思いますの。それがよい縁であれ悪い縁であれ…。
婚姻関係を結べば自由は無くなりますのよ…ユベール殿下も自由になさったらいかがです?」
リオノーラ嬢の言葉に、ユベール殿下は眉間に皺を寄せる。
令嬢達はそのやり取りをハラハラした目で見つめている。
「…だが、婚約者同士の交流も大切だろう」
「それはそうですけれど」
フッと笑みを浮かべるリオノーラ様の表情は、ハッとするほど妖艶だ。
そう、一度目の生と大きく違っているのは、このユベール殿下だ。
傍目から見てもユベール殿下の寵愛はリオノーラ様にあり、どちらかと言えばリオノーラ様があしらっているといった様子。
この二人を見ていると、一度目の生の時の王太子夫婦は仲睦まじいと言われていたが、外面だけというわけでは無かったのかも知れない。
要するに私はユベール殿下の好みでは無かった…ただそれだけだったのだろう。
私は、どちらかと言えば従順で一歩後ろを歩くというタイプだった。それに引き換えリオノーラ様は上手くユベール殿下を操っているといった感じ。
虐げられるのが好きなのかしら…?
うん、私には無理だわ。