6.騎士団の公開訓練
この国には軍が存在する。その中でも花形は王立騎士団であろう。
今日はその王立騎士団の公開訓練の見学にやって来た。
郊外にある広い演習場で行われる訓練は、騎士団が二手に分かれて実戦さながらにぶつかり合うというもの。
一度目の生でも何度か見学したことがあるので、新鮮さはないけれど迫力だけは申し分ない。
演習場には多くの貴族が見学にやって来ており、お祭り騒ぎである。
演習場の周りには小高い丘があり、その上のスペースで訓練を見学することになっている。私達も従僕達が準備した日よけ、椅子とテーブルが並べられたスペースで訓練を見学する事になっている。
「お父様、人が多いですわね」
「ん?そうだなぁ。やはり軍の公開訓練というのは我が国にとっても重要なものだからね。皆気になるのだろう」
「そうですわねぇ」
公開訓練は、軍の力を誇示するという意味合いもあるが、諸外国への牽制という意味でも重要なものである。
「ハヴェルカ卿」
声を掛けられて、父はそちらに視線を向けた後、椅子から立ち上がったので私もそれに倣う。
「これはダンフォード卿、お久しぶりですね」
そこには大柄な男性が立っていた。熊のような大きな巨体に全身筋肉隆々、私は思わず見上げてしまう。
あまりの大きさに圧倒されてしまうが、その隣にルーファス様がいる事に気がつく。
「ルーファス様!」
「ミルシェ嬢、こんにちは」
ルーファス様と挨拶を交わすと、お父様がルーファス様に声をかける。
「君がルーファスくんだね。私はガストーネ・ハヴェルカだ。ミルシェと仲良くしてくれているようで、ありがとうね」
「い、いえ。僕は、ルーファス・ダンフォードと申します。僕こそミルシェ嬢にはお世話になってます」
ルーファス様は、緊張気味にそう答える。すると、今度はダンフォード卿が私に声をかけてくる。
「初めまして、ミルシェ嬢。私はグレゴリオ・ダンフォードだ。ルーファスの父だよ…息子と仲良くしてくれてありがとう」
強面だが笑うと優しい表情になるダンフォード卿、あまり似ていない親子だと思ったが、笑顔になるとどことなくルーファス様を思わせる表情だ。
「初めまして、ミルシェ・ハヴェルカと申します。こちらこそ、ルーファス様にはよくしていただいております」
淑女の礼をとると、ダンフォード卿はニコニコと微笑んでくれる。
「可愛らしいお嬢さんだ。ハヴェルカ卿が溺愛しているのも頷ける」
「目に入れても痛くないほど可愛い娘だよ。ルーファスくんこそ、なかなか知的な少年だね」
「ああ、そうだな。我が侯爵家は代々武官を輩出しているが…ルーファスは武官より文官に向いている賢い子なんだ。
文官の先輩として、ハヴェルカ卿に是非とも目をかけて頂けると有難い。私では力不足だからな」
豪快に笑うダンフォード卿の言葉は、ルーファス様が大切な息子なのだと知らしめるようだ。
「ええもちろん。ミルシェの友人なら大歓迎だ。そうだ、良ければ訓練の見学を一緒にしないかい?」
「それは、嬉しい誘いだな。是非」
お父様とダンフォード卿のやり取りを眺めながら、ああ、謀られたなぁと冷静に思う。
恐らく私とルーファス様が仲良くしている為、このような公の場でその仲を知らしめようと設けた場なのだろう。
ハヴェルカ公爵家とダンフォード侯爵家は懇意にしていると…。
このままだとルーファス様は、私の婿候補になるだろう。…まあ、彼なら私もいいと思う。
「…なんか、ごめんね」
ルーファス様が私だけに聞こえるように小さな声で謝ってくる。
彼もこの場の理由が分かったのだろう。
「ふふ、大丈夫ですわ。ルーファス様なら私も嬉しいもの」
ニコリと微笑むと、ルーファス様の顔が真っ赤に染まる。
やはり可愛らしい。恋愛小説みたいな燃えるような恋心がルーファス様に対してあるかといえば、そこまでではないけれど、好意をもっている事に違いはない。これからゆっくりとこの好意を恋や愛に変えていけれればいいと思う。
ルーファス様となら穏やかな関係を築けるだろう。
暫しして騎士団の公開訓練が始まった。多くの騎士団員が入り乱れて戦い始め大迫力である。
「すごいですわねぇ」
思わず漏れた呟きに、ルーファス様が反応する。
「ミルシェ嬢も騎士様に憧れる?」
「え?」
彼は、とても不安そうな表情を浮かべている。
「さっき父も言っていたけど、僕の家は武の家でね。その中で僕は剣術や争いが苦手で…、家族は気にするなって言ってくれるけど…」
ルーファス様は弱々しい言葉を発した。武の家に生まれた事が彼にとって重荷になっているのかと理解出来る。
「ルーファス様、人には得手不得手がありますわ。武の家に生まれたからと武官になる必要も、文の家に生まれたからと文官になる必要はないのではないですか?
私は今のままのルーファス様が素敵だと思うわ」
「な…!?」
ルーファス様は、またもや顔を真っ赤にする。
「ふふ、顔が赤いですわよ」
「ミルシェ嬢…からかわないでください!!」
焦ったように言うルーファス様に、胸がキュンとなる。やはり、可愛らしいわ。
「あ、そうだわ。ルーファス様、敬称はつけずにミルシェと呼んでくださいませ」
「え!?」
「ふふ、私もルーファスとお呼びしてもいいかしら?」
「う、うん」
ルーファス様はこくこくと何度も頷いてくださる。
「ルーファス」
「!?え…えっと…ミルシェ…」
顔を真っ赤にしながら名前を呼んでくれるルーファス様、かなり良い。癖になりそうだわ。
公開訓練が終わった後、ダンフォード卿の計らいで騎士団員を近くまで見に行ける事になった。
ダンフォード卿は軍部のトップである大臣の補佐、いわゆる副大臣を務めていて、軍部のナンバー2なのだ。
間近で見る騎士団員達は、皆様かなり大柄で立派な体躯をお持ちの方が多い。ルーファスも興味深そうに彼らを眺めている。
「ルーファス、ミルシェ嬢」
のんびりと見学していると、聞き覚えのある声で呼ばれた為、私とルーファスはそちらに視線を向けた。
その瞬間、私はゲンナリしてしまった。声を掛けてきたのはトリスタン様。まあ、それは予想がついたのでいいとして…彼と共にいるメンバーが最悪だった。
「久しぶりだな、ルーファス」
「ユベール殿下、ステファン殿下、お久しぶりでございます」
ルーファスが礼をとると、殿下方は満足気に微笑む。私は、ユベール殿下の笑顔が嘘くさいものではなかった事に驚いた。
そう、第一王子殿下と第二王子殿下が揃って登場してしまったのだ。
「ルーファス、元気そうだな!」
「フィリップ、久しぶり」
そしてもう一人、フィリップ・ザイフェルト侯爵子息。彼の事も嫌という程覚えている。
彼は私より一つ年上、赤髪を短く刈り上げた鋭い目つきの少年だ。ザイフェルト侯爵は軍部のトップ、つまりルーファスのお父様の上司に当たる方で、2人が知り合いでもおかしくはない。
このフィリップ様、ザイフェルト侯爵家の嫡男であり、また一度目の生で例の男爵令嬢に心を奪われた男の一人。
彼には、今にも斬り殺されてしまうんじゃ無いかと思うほどの恐ろしい視線を向けられたのを覚えている。
それでも騎士になるのが夢という彼は、暴力的な行動にはでなかったが、正直怖くて怖くて仕方がなかった。
今この場には最悪なメンバーが勢ぞろいしている。救いは従兄弟のノエルがいない事だけだ。
「ルーファスが女の子を連れてるなんて珍しいね」
第二王子ステファン殿下が興味深そうに私を見てくる。
「…ご挨拶が遅れました。ミルシェ・ハヴェルカと申します」
私は冷静に礼をとる。
「へぇ。ハヴェルカ公爵家のご令嬢か…」
ユベール殿下がそう言うと、それぞれ彼らも挨拶をしてくる。
最悪だ。絶対に関わりたくなかったのに。とはいえ、殿下方を無下にするわけにもいかない。
はあ、疲れる。
「公爵家の令嬢に今まで会わなかったのは不思議だな。先日の王宮のお茶会には出席しなかったのか?」
ユベール殿下の言葉に内心冷や汗を流す。
「いえ、参加しておりましたわ。そこでルーファスと知り合ったのですもの」
私はユベール殿下から視線を外し、ルーファスに視線を向ける。彼は照れ臭そうに笑ってくれたので癒された。
「…そうか。挨拶はしなかったが?」
「申し訳ございません。多くのご令嬢方に囲まれていたので…ご遠慮させて頂きました」
まあ、そうじゃなくても出来るだけ知り合いたくはなかったけれど。
「確かに、あの日は大変だったもんね」
ステファン殿下があの時のことを思い出したのか、苦笑する。
「ケーニヒス侯爵令嬢との婚約が決まったと伺っております。おめでとうございます」
「あ…ああ。ありがとう」
戸惑った様子のユベール殿下、やはり政略的に決まった婚約者は気に入らないのかしらね?
ケーニヒス侯爵令嬢ならあの男爵令嬢が登場したとしても私の時のように嫉妬にかられて毒殺なんてことはしないでしょうし、結局彼女を王妃にして男爵令嬢を妾にするのかしら?
もう私には関係ないけど。
しかし、ここまで冷静に対面できるとは思ってなかったわ。
もう殿下への思いは無いと思っていた。それでも面と向かって会って話せば少しは心が乱れるかもと思っていたけれど、全くだわ。
好きの反対は無関心…なのかしらね。まるで興味が湧かない。
その後少し話したものの、お父様達に呼ばれ私達は彼らと別れた。
ルーファス様のお父様に御礼を言った後、私とお父様は揃って屋敷に戻った。