4.従兄弟
楽しんで頂けているのか、毎日ドキドキしております。
王宮でのお茶会が終わり、またのんびりとした穏やかな生活が過ぎていく。
ルーファス様とは、たまにお手紙を交換している。
一度目の生で、第一王子殿下とも手紙のやり取りをしていたが、それも杓子定規な何の生産性もないご機嫌伺いの手紙だったなと思う。
ルーファス様とのやり取りは楽しい。本の話を中心に、身の廻りで起こった面白い話などを書いてきてくれる為、手紙が届くのが楽しみなのだ。
そんな日を過ごしていたのだが、王宮からある情報が発表された。
第一王子ユベール殿下の婚約者が、リオノーラ・ケーニヒス侯爵令嬢に決まったと。
彼女は私と同じ年齢の妖艶な美女だった女性だ。
一度目の生で、学校を卒業した後、王太子となった第一王子殿下と婚姻を結んだのはリオノーラ嬢だったりする。
領地で過ごした小さな屋敷の中であっても情報が全く得られない訳では無かった。
第一王子殿下の正妻は彼女、そして例の男爵令嬢は結局妾として迎えられたのである。
市井で生活していた男爵令嬢が王太子妃としての務めを果たせる訳もなく、男爵令嬢はプライベートの王太子を癒し、愛でられるだけの存在。
表舞台で活躍したのはリオノーラ嬢だった。
実際の王太子夫妻が上手くいっていたのかは不明だが、表向きはそれなりに仲睦まじい様子を見せていたそうなので、内情はどうあれ何とかなっていたのだろう。
結局、沢山の男性を魅了したあの男爵令嬢が本当に幸せだったのかは分からないし、正直今となっては興味もない。
王宮からそんな発表がなされた後、私は従兄弟に会う事になった。
父の姉であるモニカ・ナーデライト伯爵夫人とその三男のノエルが我が家にやって来たのだ。
「お久しぶりです、伯母様」
「まあまあ、ミルシェ。可愛らしいお嬢さんに成長したわね!」
モニカ伯母様は、父と似た雰囲気のキリッとした美人さんである。ナーデライト伯爵家に嫁いだ後、3人の息子に恵まれた。娘がいなかったので私の事を娘のように思って良くしてくれている。
モニカ伯母様にギュッと抱きしめられると、懐かしくて涙が出そうになる。
「さあさあ、ノエル。挨拶なさい」
モニカ伯母様は身体を離すと、後ろにいた男の子に挨拶を促す。モニカ伯母様や父、私と同じ銀色の髪に、金色の瞳をした少年だ。
「初めまして。ノエル・ナーデライトです」
少し緊張気味にそう答えたのは、一度目の生で私の義弟となった少年だった。
ノエル・ナーデライト。私が第一王子殿下の婚約者になった事により、公爵家の後継として迎え入れられたのがノエルだ。
私より一つ年下の義弟との関係は、あまり良いものでは無かったように思う。
仲が悪かったわけではないが、私は王妃教育が始まり忙しかったし、義弟は将来公爵家の後継者としての教育で忙しく、さほど交流がなかった。
成長してもどちらかと言えば小柄で細身、可愛らしい顔立ちの童顔な男の子という印象。
そんな義弟は、例に漏れずあの男爵令嬢に心を奪われた男の一人だった。
婚約解消後、私がこの屋敷を出て行くとき義弟は冷たい視線を私に向けていた。
自分の好きな人を害そうとした私を許せないと言わんばかりの瞳をしていた事を思い出し、寒気がする。
「初めまして、ミルシェ・ハヴェルカですわ」
そうは言っても現在は、普通に従兄弟関係である。冷たく接するわけにもいかず、きちんと挨拶をする事にした。
ただ、ここで彼を紹介されたのは嫌な予感しかしない。
「ノエルは、とっても優秀なのだそうだよ」
応接室で父、私、伯母、ノエルの4人でお茶をしながらそう切り出したのはお父様だった。
「ふふ。上の二人の兄とは少し歳が離れているから、甘えん坊なところはあるけれど、将来有望だと思うわ」
モニカ伯母様がニコニコと微笑みながら私を見てくる。
ああ、やっぱり。
つまりノエルは私の婿候補なのだ。
第一王子殿下の婚約者でない私は、将来婿をとって公爵家を継ぐ事になる。
その伴侶候補として選ばれたのがノエル。
確かに彼は優秀な人間だった。勉学も頑張っていたし、幼く可愛らしい容姿とは裏腹に剣術もそれなりに好成績をおさめていた。
だがあの冷たい目を忘れられる訳がないし、結局あの男爵令嬢に心を奪われるのなら第一王子殿下と同じである。
絶対にお断りだ。
「まあ、そうですの。優秀なら将来は文官か武官に進むのかしら?楽しみですわね、伯母様」
私がキッパリと言い放つと、父もモニカ伯母様も複雑そうな表情を浮かべる。
婿になんて絶対に嫌ですを遠回しに言ってみたのだ。
ノエルはよく分かっていないのだろうキョトンとした表情を浮かべている。あなたを公爵家の後継になど絶対にさせない。
そもそも彼を婿にするメリットが然程ないのだ。血の継承は私がいれば良い訳だし、政略的にも従兄弟との婚姻は繋がりの強化の意味もない。
父は従兄弟同士ならメリットもないがデメリットもないと思い私に勧めているのだろうけど。
そんなのお断り。
そんなこんなで、その後は世間話をしつつ、それなりの時間を過ごした後伯母は腑に落ちない様子であったものの二人は帰っていった。
「ミルシェ、ノエルくんは気に入らなかったのかい?」
伯母様親子が帰った後、父に質問された。
「…私、年下はちょっと。出来れば同じ歳か歳上がいいです」
「そ…そうか」
「はい」
まだノエルの兄達の方なら考えたが、ノエルだけは無理だ。分かり合える気がカケラもしない。