3.お茶会
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王宮のお茶会の話を聞いてから一週間後、その日がやって来た。
私は、アンナによって可愛らしく着飾らせてもらう。華やかなドレスを着るのは久し振りだ。
あの小さな屋敷に住み始めてから5年、綺麗なドレスを着る事は無かったから、なんだかくすぐったい気持ちになる。
ただ今回は出来るだけ目立たないようにする為に、紺色のシンプルなドレスにした。
とはいえ公爵家の恥になるようなドレスは問題外なので、生地は最高級品であるし、ネックレスも小ぶりだが品質の良いものを付けている。
父と共に王宮に向かう。
こういうお茶会の場合は、母親が付き添うのが普通なのだが、私の実母は既に他界している。
人生をやり直すにあたって母が亡くなるのを二度見る事が無くて良かったと思うか、もう一度母に会いたかったと思うかは、とても微妙な気分だ。今この時に戻ってしまったから、何を言っても仕方がないことだが。
屋敷から30分程馬車を走らせると王宮に到着する。
真っ白な王宮は、陽の光を浴びてキラキラと輝いているように見える。この景色をもう一度見る事が出来るようになるとは感慨深いものがある。
私はこの王宮が好きだった。荘厳で、美しく、何度見ても胸が高鳴る。
今日のお茶会は、王宮の薔薇庭園で行われる。
薔薇に囲まれた庭園に真っ白なテーブルが並び、色とりどりのお菓子が並べられている。既に数十人の子供たちが各々過ごしているようだ。
父はこの後仕事があるため私とはお別れだ。またお茶会が終わる頃に迎えに来ると言われ父は去って行った。
父は財務大臣を務めている為、王宮が仕事場なのである。
それはともかく、父と別れた後私は席に座る。一番目立たない隅の方の席。
本来ならば、爵位順に座る席が決められているものだが、今回は子供だけという事もあって自由席になっているのだ。
一度目の生では、堂々と一番目立つ席に座っていたが、今回はそんなつもりはない。
集まってくる女児達は、各々煌びやかなドレスを身に纏っている。そんな中で私は一番目立たない、地味な雰囲気だろう。
計画通りである。
そして、しばしして王族方の登場である。
先ずはアンネリーネ王妃殿下。スラッとした美女で、オリーブグリーンの髪を纏め上げており、美しいエメラルドグリーンの瞳は力強さを感じる。私が憧れた女性であり、一度目の生でも私を気に掛けてくれた方である。
そして、その後ろに付いて来ていたのが第一王子殿下と第二王子殿下だ。
私の2歳年上である元婚約者だった第一王子、ユベール殿下。金髪碧眼のザ・王子様という風貌で、王妃殿下よりも国王陛下に似ている。まだあどけなさの残る可愛らしい顔だが、将来的には私を憎々しげに見つめてくる男だ。
極力関わりたくない男ナンバーワンである。
そして、第二王子、ステファン殿下。
彼は私とは同じ歳で、兄と同じ金髪であるが、瞳の色は王妃殿下と同じ。どちらかといえば王妃殿下に似た顔立ちで、今はまだ可愛らしいが将来的に色気のある男性になる。
実は、彼も例の男爵令嬢に心を奪われた一人である。兄弟揃って何やっているんだと思うのか、それとも例の男爵令嬢が凄いのか、微妙なところである。
ともかく、第二王子殿下も関わり合いになりたくない男の一人だ。
王妃殿下の挨拶が終わり、お茶会が始まる。
私は早速紅茶とお菓子を楽しむ。王宮のお茶会で出されるものは超一級品、楽しまなければ損である。
そんな中、子供というのは大人しくしているものではないようだ。
特に今回のお茶会は女性にとっては戦いであるらしく、女の子達は早々に第一王子殿下や第二王子殿下の元に向かう。
美しい容姿の彼らに心を奪われたか、それとも親に仲良くなるよう唆されたのかは知らないが、ご苦労な事だ。
私は特に気にする事なく、美しい薔薇を眺めながら、お茶を楽しむ事にした。
王妃殿下にご挨拶したい気持ちはあったが、彼女はあの男達の母親だ。残念だけど関わらない方がいいだろう。
お茶とお菓子を堪能してしまい、少しお腹がいっぱいになってしまったので、私は席を離れ薔薇庭園を散策する事にした。
美しい薔薇庭園には何度か足を運んだ事がある。第一王子殿下とも一緒に散歩をした事も数回あった。
いつも笑顔を浮かべていたが、内心はどう思っていたのか分かったものではない。少なくとも愛情を持っていない事は確かだった。
婚約者として、節度ある付き合いをしていただけだろう。例の男爵令嬢に出会う前は蔑ろにされていたとは思わないが、大切にもされていない。
冷静になって考えれば分かることが、以前の私には残念ながら分からなかったのだ。
薔薇庭園を散策していると、噴水がある場所に到着する。薔薇に囲まれた白い噴水は、とても美しい眺めだ。
その噴水の前に一人の男の子が立っている。私と同じ年頃の男の子だろう、多分お茶会に招待された一人。
私は彼に近づくと声を掛けた。
「綺麗ですわね」
少年はハッとした様子で、私に視線を向けてくる。
私より少し背が高い少年は、茶色の髪に茶色の瞳、一見地味な雰囲気だが顔立ちは整っている。穏やかそうな印象の子だ。
私に声を掛けられた事で、困惑している様子にクスクスと笑ってしまう。
「突然声をかけて申し訳ございません。私はミルシェ・ハヴェルカと申します」
「ハヴェルカ公爵家の…。えっと、僕はルーファス・ダンフォードと申します。初めまして」
「ダンフォード…侯爵家の方ですわね」
「は、はい」
ルーファス様はコクコクと頷く。
「こちらで何を?」
「え?えっと…その…あまり、華やかな場は得意ではなくて…」
困ったように彼は、お茶会が行われている方にちらりと視線を向ける。
貴族としてはあまり褒められた事ではない返答だが私も同じ気持ちなので、文句もない。
「そうでしたか。私も同じなので気持ちはわかりますわ」
「そうですか」
ルーファス様はホッとしたように息を吐く。
彼の事は少し知っている。一度目の生で殆ど関わることは無かったが、確か侯爵家の次男で学校では常に上位の成績をおさめていた優秀な生徒だった。
将来は侯爵家の長男が後継に選ばれるので、彼は文官を目指していたのだろう。爵位を持つことがない次男以下の男性が取る道は、文官や武官が多い。
そう言えば、彼は例の男爵令嬢とは関わっていなかった筈だ。
彼女が魅了する男性は王子殿下を筆頭に高位貴族の嫡男が多かった。冷静に考えると、凄くピンポイントに男性を魅了していたようだ。
恐ろしい。
「ミルシェ嬢はどうしてここに…?」
不思議そうに聞いてくるルーファス様に、私はニコリと微笑む。
「淑女としてははしたないことですが、お菓子を食べ過ぎてしまって…。腹ごなしの散歩ですわ」
「え?」
ルーファス様は、一瞬驚いた表情を浮かべるがその後嬉しそうに笑う。
「ミルシェ嬢は、可愛らしい人ですね」
「え?」
ルーファス様の言葉に、今度は私が驚いてしまう。
「あ…す、すみません。変なことを言って…」
照れ臭そうにいうルーファス様に、私はなんだかくすぐったい気持ちになる。
「いえ、褒め言葉として受け取っておきますわ。ありがとうございます」
私がそう答えると、ルーファス様は嬉しそうに微笑んだ。
笑うと可愛い、ついそう思ってしまったのは仕方ない事だと思う。私はずっと第一王子殿下の婚約者だった。他の男性と仲睦まじくする事は出来ないし、こんな風にたわいの無い話をすることも許されなかった。
だからこそ、こんな屈託のない笑顔を見る事が無かったのだ。婚約者だった第一王子殿下の笑顔は嘘だったのだから、自分に向けられたルーファス様の笑顔は素直に嬉しいと思ってしまう。
「ルーファス様…私と友達になってくださいますか?」
「え?」
「私、友達が少なくて…。宜しければ仲良くしてくださると嬉しいわ」
「えっと…僕で良かったら」
ルーファス様の返事に私はホッとする。
「ありがとうございます」
「い、いえ、こちらこそ」
顔を真っ赤にするルーファス様は、本当に可愛らしい。
お茶会が終わるまで、私はルーファス様と庭園を散策したり、お話したりして過ごした。
ルーファス様とは読んでいる本の趣味が似ていた為、話には困らなかったし、とても楽しい時間を過ごせた。